ふるかわひであきが、日頃の出来事をただ淡々と耽々と語ります。ただ淡々と耽々と毎日続けるブログです。くじけた時も、淋しい時も、裏切られても、だまされても、いじめられても、泣かされても、平気な顔して続けます。ブログは歌とカウンセリングとSC便りを超えられるか・・
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講演会&ライブな日々

醍醐はぐくみっこ講演会

醍醐地域での講演会は久しぶり。

以前はこの地域でカウンセラーをしていたので懐かしい。

もう知っている人はいないだろうと思っていたが、懐かしい人がたくさん来られていた。

皆さん、私を覚えていて下さって感動した。

その時の子ども達はみんなもう大きくなっている。

そりゃそうだ。小さくなる子どもはいない。

成長ぶりを聞くと、みんな立派に成長するんだなぁと、改めてお母さん達の努力に頭が下がった。

みなさん私の事はブログをみて思いだして頂いているみたいだ。

それも嬉しいなぁ。

いろんな人にブログが届いていると思うと、書いている甲斐がある。

たくさんの人に来て頂けて嬉しかったな。

子育ての話で盛り上がった。

みなさん、一生懸命メモを取られていて、本当に熱心に学ばれていた。

「がんばれお母さん!」が良かったと現役ママさんからおほめの言葉をもらい、またまた感動。

赤ちゃんを抱っこしながら聴いくれている若いママさん達にも届いたかなぁ。

この赤ちゃんが成人する頃には、私はもうこの世に存在していないかもしれないから、一期一会で赤ちゃんの成長をお祈りします。

ほんの一瞬でもこの世で生まれたての人に出会えるのは嬉しいなぁ。

「赤ちゃん」の画像検索結果

おじさんもがんばるから、君たちも大きくなれよ〜!

 

1月19日

ふるかわひであき

回想法 26

怪物くん

お〜!これは懐かしい。

怪物くん。

これはもう、何と言っても主題歌が素敵過ぎ!

この歌は今でもカラオケで私の歌う定番曲だ。

作曲は筒美京平先生。

私が凄く影響を受けている作曲家のひとり。

なんでこんな凄いメロディーが浮かんでくるのかなぁ・・・。

いつか筒美京平大特集を書きます・・・いらん!ていうな!

この歌をカラオケで歌うときは、怪物くん、ドラキュラ、オオカミ男、フランケンの4役を全てこなす。

だから当然やかましいのだ。

しかし、この歌は盛り上がる。

 

今思えば怪物くんの手と足はビョ〜ンて伸びてたな。

ワンピースのルフィーは怪物くんが元祖だったのかも。

 

提供はもちろん不二家。

藤子不二雄作品はスポンサーに不二家が定番だった。

「ペコちゃん」の画像検索結果

 

だからいまだに不二家のお菓子やペコちゃん、ポコちゃんに心惹かれるのかもしれないなぁ。

 

1月18日

ふるかわひであき

 

回想法 25

レコード

回想法センターの音楽室には昔懐かしいレコードがずらりと並ぶ。

自分の中では昔のレコードといえば、戦前、戦中、戦後あたりを指すのだが、今の中心はもう、私の小さい時から青春時代まで(昭和30年代〜40年代)がメインになっているので驚いた。

つまり私も昔の人なのかもしれない。

 

そんなことを思いながら、レコードを1枚ずつ手に取って眺めて観る。

 

最初に目についたレコードはこれだった。

 

ジャイアント・ロボ。

横山光輝の漫画を実写化した。

横山光輝といえば「鉄人28号」「仮面の忍者・赤影」など、子どもがわくわくする冒険活劇の名手だ。

顔はスフィンクスみたいなロボットだが、大魔神とウルトラマンを合わせているそうだ。

 

このロボットの最大の魅力は草間大作という子どもの命令しか聞かないということ。

これに当時の子どもたちは強く惹かれた。

自分の思いのまま動いてくれる無敵のロボット。

もしそんなロボットがいて、自分が命令者になれたらこんな凄いことはない。

どんないじめっこが来ても、ジャイアントロボにやっつけてもらえばいいのだ。

 

しかもこのロボットはなんと最後に「自分の意思」を持つ。

ただ命令に従うだけではなく、大作少年が危なかったら命令がなくても自分の意思で助けに来てくれるし、悲しんでいる時は慰めてもくれる。

 

そんなジャイアントロボの優しさにも子ども達は強く惹かれた。

 

何よりも圧巻だったのがオープニングの歌と映像。

神秘的なコーラスに引く続き、オペラ調の歌が流れてくる。

歌うは「東京マイスタージンガー」*いずれ詳しく書きたい。いらん!ていうな!

作曲は「山下毅雄」*いずれ詳しく書きたい。いらん!ていうな!

 

歌はこれだが、残念ながらオープニングのフル映像は見当たらない。

右側に立っているタコのお化けみたいなのが敵のボスキャラ「ギロチン大王」

マグマ大使に出てくる「ゴア」の方が恐ろしかったな。

 

1月17日

ふるかわひであき

回想法 24

ステレオセット

昨日紹介した蓄音器はさすがに古すぎて私の家にはなかった。

その代わりステレオセットがあった。

「家具調真空管ステレオセット」の画像検索結果

家具調で真空管が採用されていた。

狭い和室でかなりでかい顔をして君臨していた。

それというのも、両親ともに歌が好きだったからだ。

他の物は多少節約しても、レコードとステレオだけは欠かさなかった。

歌謡曲はもちろん、民謡、演歌、軍歌など、ジャンルはとことん大衆音楽に絞られていた。

もちろん私はその全てを聴いていた。

父親は戦争経験者、しかも軍人だったので軍歌をよく聴いていた。

その横で私も軍歌を聴き、歌った。

わ〜かいちしおのよかれんの〜〜

軍歌からは思想的なことではなく、歌詞やメロディーに多大な影響を受けたように思う。

軍歌はやがて歌謡曲へと変わって行くのだが、歌は回想法の重要アイテムとなる。

1月16日

ふるかわひであき

回想法 23

蓄音器

録音したものを再生して聞く機械を発明したのはエジソン。

その機械は「蓄音器」として発売された。

「エジソン」の画像検索結果

この人が声や音を録音する機械と、それを再生する機械を発明しなかったら、音楽がこれだけ世界中に広がることはなかっただろう。

 

失敗したわけではない。

それを誤りだと言ってはいけない。

勉強したのだと言いたまえ。

 

エジソンの発明したものは「蓄音器」の他に、白熱電球、活動写真(映画)がある。

蓄音器にしても映画にしても、今の私の大きな楽しみだ。

 

「エジソン」の画像検索結果

そう思うと、この人に感謝、感謝。

いつの世も、人類の幸せに貢献する発明が賞賛される。

だけど、毎日の暮らしの中で小さな発明や発見は結構たくさんある。

家事や子育て、仕事・・・。

そんなふうに暮らしの中に発見や発明を取り入れて行くととても楽しくなる。

これは教育の世界の「発見学習」に通じるものがある。

与えられた学習ではなく、自分で興味を持って答えを見つけて行くのが発見学習。

子育ても仕事も人生も「失敗したわけではない。それを誤りだと言ってはいけない。勉強したのだと言いたまえ」の考えで望みたい。

 

1月15日

ふるかわひであき

回想法 22

音楽室

学校の教室にはいろんな思い出が詰まっていて、回想法にはよく出てくるアイテムのひとつ。

いつも勉強している教室はもちろん、理科室や音楽室、美術室なんかの特別教室にも思い出は詰まってる。

今も歌を歌っているが、小学校の頃から音楽の授業が好きで好きでたまらなかった・・・ということはなかった。

縦笛(リコーダー)とか結構面倒くさかったな。

小さい穴をひとつだけふさぐのが苦手で、ピョ〜て変な音ばかり出て困った。

 

中学の時の音楽の先生が男性のベテラン。

この先生は恐ろしかった。

怒ると止まらない。

しかも、自分が歌い出すと陶酔して熱が入る。

それはそれで伝わるものはあったな。

 

私の友達がこの先生からテストを受け取る時に、ひったくるように受け取ると、烈火のごとき怒ったこの先生は、この友達を出席簿と平手でばかばか殴った。

今なら体罰でえらいことにあるだろうが、当時は誰もなにも言わなかったし(生徒が悪いのを自覚している)、家に帰ってから親にも言わなかった(先生が正しいと言われるのに決まっていた)。

 

オルガン童謡集。

戦後の物だ。

出版社の「新興楽譜出版」は「シンコーミュージック」と改名して今も存在し、楽譜を販売している。

「足踏みオルガン」の画像検索結果

足踏みオルガンで演奏すると、とても懐かしい感じがする

 

音楽室で先生が演奏される足踏みオルガンでみんなと一緒に歌うと、なんだかグッとくるから不思議だ。

 

1月14日

ふるかわひであき

しめ縄 2

処分の仕方

どんと焼きがなくなったからには自分で縁起物を処理しなくてはならない。

近くの神社では 去年の破魔矢や縁起物が 山のように積まれていて、これ以上は収容できないくらいだ。

きっと最後はゴミとして処理されるのだろう。

それなら他人任せにしないで自分で処理した方が良いと思った。

 

しめ縄などの縁起物を白い紙で包み、塩で清めて、祈りを捧げ、感謝して分別ごみに出して処理すればいいらしい。

 

だけど人はなんでそんなふうに縁起物を畏れるのだろう。

しめ縄なんかの縁起物を作る業者は、毎年売れる量を見越して、余ったものは腐るものでもなし、翌年に回す在庫にしたり、処分したりしているそうだ。

 

スーパーなどのおせち料理なんかの縁起物も、日にちが来たら大安売りして、あとは廃棄処分して、家畜の飼料になったりする。

 

福祉施設で働いていた時に、ゴミの分別作業にも関っていたので、ゴミ処理の大変さはよくわかる。

 

縁起物をみんないろんな方法でゴミとして処分するのだが、必ずそれを処理してくれている誰かがいるのだ。

 

自分はお清めとかして納得しても、その先で汗水たらして分別し、処理してくれている障害者の存在を忘れてはいけない。

 

 

「しめ縄」の画像検索結果

 

毎年大量に飾られて、大量にゴミとなって処理される縁起物

 

 

「門松」の画像検索結果

こんなふうに兵隊さんみたいに並んだ門松もすごいな。

 

お正月が過ぎたら全部処分されるのだろうか・・・。

 

「鏡餅」の画像検索結果

 

合理的に考えたら、所詮ゴミになるものなんだから、そんなものを飾ったってゴミが増えるだけだし、飾らないでおこうと思うのも無理はない。

 

年末年始の街を歩けば、しめ縄や門松なんかの縁起物を飾っている家がめっきり少なくなったのに驚く。

 

それでもお正月に年神さまを迎えし、その年1年の厄払いと幸せを願う人もいる。

 

私もその一人だ。

 

神様も仏様も大好きなので尊敬し敬い、頭を垂れる。

 

だけどこの社会に生きている市民でもあるので、ゴミの分別収集にはちゃんと貢献したい。

 

そんな小市民な私を、神様も仏様も笑って憐れんでくださいますよう御願い奉ります。

 

今年も無事に正月を迎えられたことを神仏に感謝せずにいられない。

 

1月13日

ふるかわひであき

しめ縄

処分の仕方

しめ縄や門松、鏡餅などの縁起物はどのように処分するのが良いのだろう・・・。

まず、いつ処分するのかだが、これは諸説入り乱れ、地域によっても考え方によってもまるで違う。

7日や11日が多いようだが、これもまちまち。

ということは、今のご時世、自分で判断するのも良いかもしれない。

 

私の住む地域ではどんと焼きというのがあった。

「どんど焼き」の画像検索結果

畑や田んぼで、でっかい焚火をして、しめ縄や門松なんかの縁起物を燃やすのだ。

 

「どんど焼き」の画像検索結果

子どもたちもなんだか神妙な顔つきで見守っていた。

 

「どんど焼き」の画像検索結果

 

左義長といわれる厄払いの神事でもあるらしい。

 

「どんど焼き」の画像検索結果

 

どんと焼きで燃やすとなんだかほっとする。

 

「どんど焼き」の画像検索結果

しかし、年々田んぼや畑が全部住宅地となり、もう随分前に小学校の運動場がどんと焼きの会場となり、そこでも消防法とか子どもの安全とかが問題となり、とうとう今ではなくなってしまった。

 

「どんど焼き」の画像検索結果

 

古来から人間は火を敬い、火の周りに集まる生きものだ。

 

どんと焼きは失くしたくない行事のひとつだなぁ。

けど、誰が責任を持ってどこで開催するのだ・・・なんて考えるとみんな億劫になる。

 

1月12日

ふるかわひであき

回想法 21

足踏みミシン 2

足踏みミシンの思い出と言えば、昔は定期的にミシン屋さんが家に来ていた。

ミシンの油を差してくれたり、ベルトを調整してくれたり、結構繁昌していたようだ。

それくらい足踏みミシンは家庭に普及していたのだろう。

 

電動ミシンやブラザー編み機なんかが出たくらいから、ミシン屋さんも来なくなった。

時代の流れで生まれる仕事もあればなくなる仕事もある。

ミシン屋さんが活躍していた時代に、日本にカウンセラーなんて存在はなかった。

 

私の一世代前になると、自分達の着る服は自分達で作っていた。

もちろん手縫いだったに違いない。

これには相当な手間と技術が必要だ。

昔の婦人画報などの主婦に向けた本の付録には和服や洋服の仕立ての特集が組まれていたようだ。

 

子どもたち、特に女の子はお母さんが仕立ててくれるお洋服が大好き!

リボンを付けてくれたり、そでをちょうちんにしてくれたり、スカートにギザギザを付けてくれたり。

お母さんは最高のファッションデザイナーだったに違いない。

〜ミシンの思い出〜

 

着るものは何でも作ってもらったわ。

いつできるかなって楽しみでした。

朝起きた時に、枕元においてあると、最高よね。

母親は、朝着られるようにって夜なべで

縫ってくれたのよね。

 

昭和8年生まれ、女性、群馬県

 

情景が頭に浮かんできて、なんだか涙がこみ上げてきそうになった。

これこそが回想法の神髄なのだろう。

 

 

1月11日

ふるかわひであき

回想法 20

足踏みミシン

私が生まれた家にもまだ足踏みミシンがあった。

うんうん、確かにこんなんやった。

下の大きなペダルみたいなんを踏むとミシンのベルトがくるくる回っておもしろかった。

母親は最初、手でベルトをくるっと回して、それからペダルを踏んでいたように思う。

 

狭い部屋にこのミシンはかなり場所を取っていたが、なくてはならないものだったのだろう。

昔はズボンのすそ上げとか、やぶれ、ほころび、ボタン付けなど何でも家庭で済ましていた。

 

このミシンの台の上に動物のおもちゃをいっぱい並べて遊んでいた記憶がある。

今思えば箱庭療法みたいなものだ。

 

ミシンの上の動物たちはお互いに会話をして、時に笑い、時に泣き、時に怒る。

そして壮絶な戦いや友情物語が始まるのだ。

 

ひとりで遊ぶこともあれば、おさななじみのノンちゃんと遊ぶこともあった。

ノンちゃんは僕の動物ごっこ遊びに真剣につきあってくれた。

僕の演出通りに動物を動かしてくれた。

 

二人はミシンの上だけでは物足りなくなり、舞台は部屋中に広がり、積み木や絵本で組み立てた家で演出効果を高め、時間を忘れて遊んだ。

 

ポケモンGO!もスマッシュブラザーズもなかったけど、夢中になった。

もしあの時代にポケモンGO!やスマッシュブラザーズがあっても、きっとやってない・・・ことはないやろうなぁ(^◇^)

 

1月10日

ふるかわひであき