ふるかわひであきが、日頃の出来事をただ淡々と耽々と語ります。ただ淡々と耽々と毎日続けるブログです。くじけた時も、淋しい時も、裏切られても、だまされても、いじめられても、泣かされても、平気な顔して続けます。ブログは歌とカウンセリングとSC便りを超えられるか・・
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プレミアムミックスサンドイッチ

神戸屋パン

この日のお昼はサンドイッチと決めた。

駅構内にある神戸屋パンに立ち寄ったら、これが売っていた。

PREMIUMミックスサンド。

全ての素材にこだわった逸品だそうだ。

ハム、チーズ、たまご、ツナ、ポテト。

う〜ん、なかなか魅力的だ。

しかし税込700円はちょっと高いなぁ。

プレミアムじゃないものなら400円くらい。

しかしなぁ、プレミアムとネーミングするくらいだから、きっと夢のように美味しいに違いない。

よっしゃ、購入決定!

なるほど、どれもふっくらしていて美味しそうだ。

まずはハム、チーズから頂きます!

「・・・・・>゜)))彡」

次はたまご!

「・・・・・(;一_一)」

ツナ!

「・・・・・>゜)))彡」

ポテト

「・・・・・(;一_一)」

スイートポテトパンも頂きます。

「・・・・・>゜)))彡」

みなさんも一度食べてみられたらよろしいかと存じます。

感想は個人の好みですから。

ごちそうさまでした。

寝屋川市駅周辺で美味しいパン屋さんをご存知の方がおられたらまた教えてくださいね。

 

4月25日

ふるかわひであき

大神神社の巻 3

狭井神社

大神神社の中というか、同じ山並みにあるのが狭井神社。

このように狭井神社は身体健康、病気平癒の神様。

病気の友には何よりではないか。

狭井神社までの参道はなんと「久すり道」と言われる。

う〜む、御利益ありそうだ。

お参りを済まして山道をぶらぶら歩くと・・・。

どわ〜〜っと満開の桜が咲いていた。

今までたくさん桜を見てきたが、ここまでたわわに花を付けている桜を観たのは初めてだ!

京都の桜も良いが観光客だらけで落ち着かない。

その点、ここの桜は本当に静かに観賞できる。

桜並木を歩いて行くと、山のいただきに到着。

どうでぃ!

奈良盆地が一望できた。

まさに「あおによし」

とても良い景色に出会えた巡礼の旅だった。

 

4月24日

ふるかわひであき

大神神社の巻 2

日本晴れ

三輪駅から歩いて5分ほどのところに大神神社はある。

おぉ、ここに来るのは久しぶりだ。

何度来ても趣のある入口。

大神神社は山全体が御神体。

杉木立の道を行く。

いろんな鳥の声が聞こえてきて気持ち良い。

森の間から見える青空と白い雲。

心が澄んでくるようだ。

境内でお参りをして、御祈祷のご朱印をいただく。

そこから歩いてすぐのところに病気平癒の神様がおらえる。

 

4月23日

ふるかわひであき

巡礼の旅 大神神社の巻

ローカル線

友の病気回復を祈る巡礼の旅。

ガタゴトガタゴトと線路は続く。

懐かしい風景だ。

子どもの頃よく遊んだ二条駅の景色に似ている。

春、線路の脇に咲くたんぽぽ、コールタールの匂い、蒸気機関車の汽笛の音・・・。

すっかりタイムスリップしている自分がいる。

二両連結の郊外電車。

路面を横切って走るのが懐かしい。

ひとり降り立った駅はJR「三輪駅」

まるで寅さんの気分だが、私は田舎の駅に着くと、必ずこの歌が頭の中を駆け巡る。

小椋佳さんの名曲だ。

さてさて、どんな旅になりますやら・・・

 

4月22日

ふるかわひであき

障害者監禁 8

とりあえず入院

鬱病や統合失調症、強迫神経症など精神を病むと医者に診てもらう。

それでも良くならず、重くなったら入院することとなる。

日本には病院が8429あり、その総ベッド数は1558611。

8429のうち、一般病院の数は7370で、精神科病院は1059。

 

1059の精神科病院の有するベッド数は332686で、諸外国に比べて異常に多い。

 

ちなみに感染症病床は1850、結核病床は5292、歯科病床は66。

 

つまり、日本の精神科医療は投薬と入院治療がメインとなっている。

入院治療には昨日書いた隔離や拘束も含まれる。

 

精神病は誰でも罹る可能性がある病。

おおげさなようだが、誰でも罹る可能性のある精神病は、誰でも入院、隔離、拘束される可能性があるということだ。

 

精神科病院のベッド数が今も上昇傾向にあるのはアジアでは日本と韓国だけ。

もうご存知のように、日本と韓国はアジアで1,2を争う自殺大国でもある。

 

 

間違ってもこんなところに閉じ込められたくはない。

 

なんでこの国では心を病むと社会からあっという間に(入院)という形ではじかれてしまうのだろう。

 

精神科病院やベッド数を増やすより、心の病が発症しにくい社会構造を作り上げる方が先決だ。

 

心の病や入院だけが今の私達を拘束する要因だとは限らない。

 

今私達は情報ツールに拘束されていると言える。

 

1日の中でスマホやSNSが占める時間はますます増加傾向にある。

 

つまり、入院もしていないし、身体拘束も受けていない自由の身でありながら、情報ツールにがんじがらめにされている。

 

その視線は常に自分の外に向けられている。

 

それが他者援助のためではなく、自己保身のための視線になると、人は精神を病んでしまう生き者だ。

 

病院で拘束される前にまず、日常生活の情報ツールから拘束されることから脱出したい。

 

そのために情報ツールを閉じて、瞑想することをお薦めする。

 

瞑想なんて偉いお坊さんしかできないのではないか?と思われるかもしれない。

 

そんなことはない。誰でもできる。

 

マインドフルネスなんて言葉もあるが、そんなに難しく考える必要はない。

 

瞑想するのに重要なキーワードは眠る時に見る「夢」だ。

 

次回の講演会のテーマでもある。

 

皆様の心の健康を願う講演会です。

 

興味のある方は是非ご参加下さい。

 

詳細はまたブログでお知らせします。

 

4月21日

ふるかわひであき

障害者監禁 7

隔離の次は・・・

 

精神科の病院に強制的に入院させられ、閉鎖病棟等に隔離されるだけでは終わらないのが日本の現状。

自殺、他害が著しく切迫している場合は身体拘束が認められている。

身体拘束の方法は様々だが、要するに抑制帯等のベルトで縛り付けられる。

両手両足を拘束されることもある。

 

身体拘束に関して、日本以外の諸外国では平均拘束時間はスイス48.7時間、フィンランドとドイツが9.6時間、米カリフォルニア州4時間。

 

だいたい時間単位での対応になる。

 

ところが日本では平均96日。

つまり、時間ではなく日数が拘束の最低単位となる。

長い人では1096日という記録もある。

1096日と言えば約3年間もベルトで縛りつけられていたことになる。

 

この現状をどう思われるだろうか?

 

 

考えようによっては死刑よりも重い刑かもしれない。

 

それでも人様に迷惑かけるよりはマシなのだろうか・・・。

 

医療従事者の言い分もあるだろう。

 

私も長い間障害者施設で働いていたので、暴れまくる利用者に困らせられたことは数えきれないほどあった。

 

全身あざだらけになったこともある。

 

そんな時はどこかに閉じ込めておきたい衝動に駆られることも確かにあった。

 

援助者が疲れ果ててしまうのだ。

 

だけど、当時から思っていたことだが、利用者が暴れるのには必ず理由があった。

 

みんな不本意な入所(入院)に怒りを覚えていたのだと思う。

 

このような現状は何も重度の精神障害者だけに限らない。

 

いつ自分や自分の家族に起こるかわからない。

 

もう少し日本の医療や福祉の現状を考えてみよう。

 

4月20日

ふるかわひであき

障害者監禁 6

入院

精神障害者等が罪を犯すと、刑法により刑罰は問われないのだが、入院はさせられる。

つまり、精神の病気なんだから、刑には問いませんが病気は治しなさいよということだ。

 

入院は本人の状態によって「医療保護入院」「応急入院」「措置入院」「緊急措置入院」「医療保護入院」がある。

 

ここからが日本の精神科医療の恐ろしいところ。

 

自殺や他人を殺したり、傷付けたりする危険性の高い患者は「隔離」させられる。

 

「隔離」というのは、閉鎖病棟のことだ。

 

医師であれば誰でも患者を12時間まで「隔離」、つまり「監禁」できる。

 

さらに激しく暴れたりする場合は指定医(精神科医師の上位資格。栄養士の資格で言えば、その上位資格の管理栄養士みたいなもの)の診断で12時間を越えて隔離できる。

 

この方法を取っているのは先進国では日本だけだ。

 

イタリアでは精神病患者は入院させないという規則もある。

 

また精神科病院の平均入院日数であるが、諸外国はどんなに長くても50日以内。

 

日本では平均300日。

 

実際には10年以上入院させられている人達も大勢おられる。

 

この現状を諸外国は異常事態と捉えている。

 

長期に及ぶ日本の精神科入院について、WHOは人権侵害で提訴する動きもある。

 

しかし、日常生活で精神科に長期入院している人の人権など、関りのある人以外は誰も考えない。

 

退院して社会で犯罪を起こした時は大騒ぎして責任を追及する。

 

しかし、日本の入院にはもっと恐ろしい現実が待ち受けている。

 

4月19日

ふるかわひであき

障害者監禁 5

法律

刑法

(心神喪失及び心神耗弱)

*心神喪失(しんしんそうしつ)とは:精神の障害により,是非善悪を弁別し,またはその弁別に従って行動する能力を欠く状態。

*心神耗弱(しんしんこうじゃく)とは:精神の障害により,是非善悪を弁別し,またはその弁別に従って行動する能力が著しく低い状態。飲酒による酩酊や神経衰弱,知的障害,老衰などがある。

 

第三十九条

心神喪失者の行為は罰しない。

2 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。

 

この刑法第三十九条により、精神喪失、精神耗弱者は罪に問われないか、大幅に減刑される。

ただし、刑に問われない代わりに、次の法律に該当する。

 

2005年施行の心神喪失者等医療観察法:(医療観察法)においては、心神喪失などの状態で殺人、傷害、放火などの重大な他害行為を行った者に対し、病状改善と再発防止、社会復帰促進を目的に継続的かつ適切な医療とその確保のために必要な観察及び指導を行うこととしている。

 

さて、ここに明示されている文言に注目。それは・・・

 

「必要な観察及び指導」。

 

具体的には、検察庁・裁判所において認定された刑を免れた対象者につき検察官が地方裁判所に医療観察法による処遇の要否にかんする審判(当初審判)を申し立て、鑑定入院医療機関(精神科病院)に入院の間に医療観察法による医療の要否に関する精神鑑定が行われる。

 

つまり、重大な他害を行った精神障害者等を精神病院に強制的に入院させる手続きの法律である。

 

もちろんそこには精神障害者の保護という意味も含まれる。

 

ただ、精神病院に入院ということは、「監禁される」ことを意味する。

 

なんで入院が監禁なんだって?

 

詳しく説明してみよう。

 

4月18日

ふるかわひであき

障害者監禁事件 4

村八分

現代でさえ精神障害者に対する差別と偏見はこんなに大きいのに、昔ならもっと過酷な状態だっただろう。

日本は農村社会。

そこには「他者に迷惑をかけてはいけない」という強い掟がある。

もし、それを破るようなことがあれば、その家族はもはやそのコミュニティでは暮らせない。

村八分という強い制裁が加えられるからだ。

村八分とは要するに仲間外れにされること。

現代ならば仲間外れにされても、いくらでも住むところや仕事を変えられる。

しかし、昭和初期以前の昔はそうはいかなかった。

農業中心なので、田んぼがなければ食べていけない。

田んぼがあっても苗を購入し、水を確保し、労働力を確保し、販売経路を持たなければならない。

販売経路は年貢と言う税で賄われていたこともある。

その手続きは庄屋という村の有力者を介さないといけない。

その庄屋に背を向けられたら、年貢不払いで重い刑を科せられる。

要するに、昔は農業をする上で、他の人々との共同作業が不可欠だった。

村から追い出されるとうことは「死」に直結する重大事だ。

常に他者の目を気にして、仲間外れにされないようにしなければならない。

 

この状態は今の学校にも見られる。

クラスで仲間外れにされないよう毎日神経をすり減らす子ども達。

いじめや不登校が後を絶たない現状が続いている。

そんな時代背景や日本人の産業、文化、精神構造からすると、今の社会で鬱病や神経症がなくならないことも納得できる。

 

人はいつも他者の目にさらされている。

 

村人に迷惑をかけ、村八分になるくらいなら、我が子を蔵や物置に監禁しておくことなど、なんでもないことかもしれない。

監禁した家族を見て、同じ村に住む人々は至極当然のことと思い、その親を責めることなどなかっただろう。

 

精神障害者に限らず、知的障害、身体障害など、病気や障害のある人とその家族を取り巻く厳しい状況は江戸時代も平成の今もあまり変わっていない。

 

4月17日

ふるかわひであき

障害者監禁事件 3

今も続く監禁

門真市で起きた一家4人殺害事件の判決が4月13日に出て、懲役30年の刑が言い渡された。

求刑は死刑だったが、精神障害を理由に減刑された。

被害者遺族にすれば、「なんでそんな精神障害者を野放しにしておいたのだ!」と思うだろう。

加害者の家族にすればひたすら謝るしかない。

こういう事件が起こる度に、精神障害者の偏見はまた強くなる。

そうなると、精神障害者と暮らす家族にしたら、いつ我が子が加害者になるのか分からない不安と恐怖にいつもさいなまれる。

精神障害者が家族にいるということは、常に世間体という恐ろしいバケモノに強迫されている状態とも言える。

「精神障害のある子どもが何か事件を起こしたら、それは全部家族が悪いのだ!」

もちろんそんな理屈は通用しない。

だが、自分の家族が被害者になったりすると、やっぱりその加害者の家族に憎しみの目が向く心情もわからなくもない。

しかし、何よりそのことを恐れているのは精神障害者と暮らす家族だ。

いつもびくびくと暮らさなければならなくなる。

そこから救われる道はただ一つ。

精神障害を患う我が子を閉じ込めておく(監禁する)ことだ。

この解決方法以外にもいろいろ解決策は考えられる。

いっそ我が子を殺して自分も死んでしまう無理心中もそのひとつ。

精神障害者が事件を起こすと大きなニュースになるが、精神障害者の親が無理心中を計ってもほとんど報道されない。

その数は相当多いと思われる。

しかし、無理心中するのはあまりにも我が子が不憫だし、他に解決方法がないのなら、監禁せざるをえない。

「え〜!いくら障害があるからって、我が子を監禁するなんて、そんなのかわいそう・・・」

そんな同情のコメントも、自分の家族が被害者になったら一変する。

「なんでそんな精神障害者を野放しにしておいたのだ!」

そんなことを想像すると、我が子が世間様に顔むけできないようなことをするくらいなら、自分が悪者になって我が子を監禁すれば事は済む。

そんなふうに考えてしまう家族の心情を考えてみる人は少ない。

4月16日

ふるかわひであき