ふるかわひであきが、日頃の出来事をただ淡々と耽々と語ります。ただ淡々と耽々と毎日続けるブログです。くじけた時も、淋しい時も、裏切られても、だまされても、いじめられても、泣かされても、平気な顔して続けます。ブログは歌とカウンセリングとSC便りを超えられるか・・
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不安 12

限局性恐怖症の種類

 

限局性恐怖症には様々な種類があります。

 

一例をあげればこんな感じです。

高所恐怖症

高い所に対する恐怖

塵埃恐怖症

塵や埃(塵埃[じんあい])に対する恐怖

雷恐怖症

雷や稲妻に対する恐怖

飛行機恐怖症

飛行に対する恐怖

先端恐怖症

針やピンなど先がとがった物に対する恐怖

雷鳴恐怖症

雷鳴に対する恐怖

閉所恐怖症

閉鎖された空間に対する恐怖

女性器恐怖症

女性の性器に対する恐怖

渡橋恐怖症

橋を渡ることに対する恐怖

恐水病

水に対する恐怖

 

人間、何かひとつは怖い物があるのではないでしょうか?

 

私は高い所や遊園地でブランコがぐるぐる回る遊具が苦手です。

 

あと、しじみやあさりなどの貝類で(貝類は大好きです)、砂が入っていて「ジャリッ」ていう食感が苦手です。

 

重ねて言いますが、子どもの限局性恐怖の中に「学校」や「教室」は含まれますのでご注意を!

 

今日もブログをお読み下さりありがとうございます。

9月16日

ふるかわひであき

不安 11

限局性恐怖症

 

限局性恐怖症とは、特定の状況、環境、または対象に対して、非現実的で激しい不安や恐怖感が持続する状態です。

 

限局性恐怖症は不安症の中で最も一般的なものです。限局性恐怖症がある人は、不安や恐怖感を引き起こしそうな特定の状況や対象を避けるか、多大な苦痛を感じながらその状態に耐え、ときにパニック発作を起こすことがあります。

 

しかし、そうした不安が過剰であるという自覚があり、自分に何らかの問題があることは気づいています。

 

最も多くみられる限局性恐怖症としては、動物に対する恐怖(動物恐怖症)、高い所に対する恐怖(高所恐怖症)、雷雨に対する恐怖(雷恐怖症または雷鳴恐怖症)などがあります。

 

12カ月の期間で調べると、限局性恐怖症は女性の約13%、男性の約4%で認められます。

 

限局性恐怖症の中には、ほとんど不都合が生じないものもあります。例えば、都市部に住む人の場合、ヘビ恐怖症があったとしてもヘビを避けるのは容易なことです。

 

一方で、日常生活に重大な支障をきたす限局性恐怖症もあります。例えば、都市部に住む人がエレベーターのような狭い閉鎖空間に恐怖を覚える場合には、頻繁にそのような状況に遭遇することになるため、そのような対象を避けることになります。

 

少なくとも5%の人が、血液、注射、けがに対して少なくとも若干の恐怖を抱いています。そのような人は、心拍数や血圧の低下から実際に失神してしまうことがありますが、この症状は他の恐怖症や不安症では起こりません。

 

他の恐怖症や不安症の患者の多くでは、過換気が生じます。過換気によって失神しそうな感覚が生じますが、実際に気を失うことはほとんどありません。

 

限局性不安症で悩んでいる人は思いのほか多いのです。

 

これも不安症と同じで、その恐怖を回避するとますます怖くなるという悪循環が起こります。

 

今日もブログをお読み下さりありがとうございます。

9月15日

ふるかわひであき

不安 10

予期不安

 

予期不安に襲われると、パニック発作が起きた場所を避けようとします。(回避行動)

 

教室でパニックを起こした経験のある子どもは、教室に行けばまたパニックになるかもしれないという予期不安から、教室に行くことを避け出します。

 

理由を聞いても「教室しんどい」「なんか嫌な感じがする」という抽象的な表現しかできません。

 

なんとか「心臓が苦しい」「息が苦しくなる」と訴えても、大人は内科を受診させます(そのことは悪いことではない)

 

しかし、パニック発作は臓器にはなんの異常もありません。

 

そうなると、「どこも悪くないのに学校へ行かないのは、本人のさぼりだ!なまけだ!」という、大人のお決まりの攻撃文句になります。

 

こうなると、子どもはもうなすすべがなくなり、最後には外に出ることさえ怖がるようになります。

 

これが引きこもりの一因となります。

 

子どもが予期不安を起こすのは、多くは朝目覚めて布団の中で学校のことを考えている時です。

 

寝る前はまだ不安が差し迫っていないので「明日は学校に行くぞ」と勢い付いていますが、朝になると予期不安に負けてしまい、布団から出られなくなってしまいます。

 

「朝と夜では人が違ったみたいだ」と言われる不登校は、このパターンにみられます。

 

もちろん、パニック発作に限らず、「いじめ」などの要因があることも排除してはいけません。

 

そこは親や教師の視点ではなかなか見抜けないので、カウンセラーなどの専門家の見立てが重要になるところです。

 

本人と面接をして、丁寧に状況を聞いて行く必要があります。

 

今日もブログをお読み下さり、ありがとうございます。

9月14日

ふるかわひであき

不安 9

パニック発作

 

不安症とセットで発症するのがパニック発作です。

 

これが不登校の大きな要因になります。

 

パニック発作とは、不安が続くと突然動悸やめまい、息苦しさ、死んでしまうのではないかという強い恐怖に襲われることです。

 

パニック発作の公式です。

 

不安という感情+身体症状(動悸、息苦しさ、めまい等・・・)=パニック発作

 

パニック発作は閉じ込められていると感じるような場所で起こりやすいです。

 

満員電車、エレベーター、歯医者、飛行機、理美容院・・・。

 

そしてその中に「教室」が入ります。

 

子どもにとって教室は、授業が始まれば勝手に立ち歩くことが許されない密閉された場所です。

 

そこで一度パニック発作が起こると、次には「予期不安」に襲われます。

 

予期不安というのは、「また心臓がドキドキしたらどうしよう」「教室で気を失ったらどうしよう」などのまだ起きていないことへの不安です。

 

予期不安に襲われると、パニック発作が起きた場所を避けようとします。

 

そのことを「回避行動」と言います。

 

今日もブログをお読み下さり、ありがとうございます。

9月13日

ふるかわひであき

不安 8

言葉に現れる不安

 

子どもが「なんか学校怖い」と言葉に表わした時に、大人は原因を追及しようとします。

 

間違いではないのですが、不安症という病気の「不安」という感情は必ずしも特定の原因があるとは限りません。

 

ですから、子どもが「怖い」「嫌だ」というものを片っ端から削除して行っても、やっぱり学校には行きません。

 

「あの先生が怖い」→別室や、翌年に担任を変えても学校には行かない。

 

「あの同級生が嫌」→翌年、その生徒とクラスを変えても学校には行かない。

 

そうなると、親や教師はこんな公式を立てて子どもを否定します。

 

「本人の希望を叶えているのに学校に行かない」=「本人のわがまま」

 

そうなると、本人に対してイライラし出します。

 

イライラを感じた本人は、また不安を強くしてしまいます。

 

この悪循環は引きこもりの温床にもなっています。

 

具体的な一過性の不安(受験や人間関係、家族関係)であれば、親や教師で対応できますが、不安症になると、やっぱり専門家の見立てが必要になります。

 

医師は投薬、カウンセラーは心理療法で治して行きます。

 

治療に結び付けば、比較的快復しやすい病気と言えますが、問題は「不安症」だと見立てができるかどうかです。

 

この判断を誤ると、「さぼり」「なまけ」「わがまま」というレッテルを貼ってしまい、不登校や引きこもりの原因となりえます。

 

今日もブログをお読み下さり、ありがとうございます。

9月12日

ふるかわひであき

不安 7

不安症と不登校

 

不安症は年齢を問わず発症するので、当然子どもにも症状は出ます。

 

子どもの不安症は不登校と直結します。

 

このことに気付かない親や教師がたくさんいます。

 

気付かないと言っても、子どもを全く見ていないわけではありません。

 

子どもも自分の不安をどのように表現して良いのか分からないから、大人がそのことに気付かないのも無理ないのです。

 

子ども:「学校かなん」

 

母親:「なんで?」

 

子ども:「なんか怖い」

 

母親:「何が?」

 

子ども:「教室」

 

母親:「教室の何が?」

 

子ども:「う〜ん、わからへん」

 

母親:「お化けも出ないしいじめっこもいないのに、学校行きたくないからそんなわけのわからんことばっかり言うてるんやろ!」(ちょっと怒りだす)

 

子ども:「泣きだす」

 

父親:「お前が甘やかし過ぎるからこんな根性のない子になったんや!」

 

母親:「みんな私のせいなん!}

 

(夫婦喧嘩という二次災害が起こりだす)

 

自分の不安症だけでもしんどいのに、その上自分の原因で夫婦喧嘩が始まったら、子どもはもう何も言わなくなります。

 

今日もブログをお読み下さり、ありがとうございます。

9月11日

ふるかわひであき

不安 6

全般性不安

 

全般不安症(全般性不安障害とも呼ばれます)では、いくつかの活動や出来事について過剰な緊張や不安が生じます。

 

6カ月以上にわたって、不安が起きる日数が不安のない日数を上回ります

 

12カ月の期間で調べると、成人の約3%で認められます。女性では男性の2倍多くみられます。

 

多くの場合、小児期または青年期に始まりますが、どの年齢でも発症する可能性があります。

 

不安症は学童期の子どもにもみられます

 

全般不安症の人は、一貫して不安や苦痛を感じ、それらの感情をコントロールすることが困難になります。

 

不安の程度や頻度、持続期間は、その人の状況から考えて妥当とみられる範囲を超えています。

 

心配事は全般的なものであり、その対象は多岐にわたり、時間の経過とともに変化することもよくあります。

 

よくある心配事としては、仕事上や家庭内の責任、お金、健康、安全、車の修理、家事などがあります。

 

とにかく全てが不安なのです。

 

これはかなりしんどいですね。

 

「生きる」=「不安と共にある」ということかもしれません。

 

今日もブログをお読み下さり、ありがとうございます。

9月10日

ふるかわひであき

 

不安 5

不安もいろいろありまして

 

不安という感情は、人間なら誰でも持っている大事な感情なので、そのこと自体に問題はありません。

 

しかし、過度な不安は病気として診断されます。

 

病気の名前は「不安症(不安障害)」です。

 

不安症(不安障害とも呼ばれます)とは、その人の状況から考えて不釣り合いなほど激しい不安が慢性的にみられる状態です。

 

不安症になると、発汗、息切れ、めまい、心拍数の上昇、ふるえなどの症状が現れたり、特定の状況を回避するようになったりします。

 

不安は本来、脅威や精神的ストレスに対する正常な反応であり、誰もがときおり経験するものです。

 

正常な不安は恐怖に根ざしており、生きのびるための重要な機能として働いています。

 

人が危険な状況に直面すると、不安が引き金となって闘うか逃げるかの反応(闘争・逃走反応)が誘発されます。

 

この反応により、心臓や筋肉への血流量が増えるなど体に様々な変化が生じ、襲ってくる動物から逃げる、攻撃者を撃退するといった、生命を脅かす状況に対処するために必要なエネルギーと力が体にもたらされます。

 

一方、不安がふさわしくない状況で生じたり、頻繁に生じたりする場合や、日常生活に支障をきたすほど不安が強く、長く持続する場合には、精神障害とみなされます。

 

不安症は、他のどの種類の精神障害よりも多くみられるもので、米国の成人の約15%にこの精神障害があるといわれています。しかし、本人や医療従事者がそれに気づかないことが多く、ほとんどが治療されていません。

 

不安症は「全般性不安」「パニック発作とパニック症」「限局性恐怖症」の3つのカテゴリーに分けられます。

 

今日もブログをお読み下さり、ありがとうございます。

9月9日

ふるかわひであき

不安 4

フィアネス・P・ゲージ事故

 

事故の概要

 

1848年9月13日、25歳のゲージは、作業員の職長として、バーモント州の町カヴェンディッシュの外れで、ラットランド・アンド・バーリントン鉄道の路盤を建設するための発破を行う任務にあたっていました。

 

爆薬を仕掛けるために、岩に深く穴を掘り、火薬・ヒューズ・砂を入れて、鉄の突き棒で突き固める作業がありました。

 

ゲージはこの仕事を午後4時半ごろ行なっていましたが、(おそらく砂が入れられていなかったため)突き棒が岩にぶつかって火花を発し、火薬が爆発して、彼がそのとき扱っていた直径1と4分の1インチ、長さは3フィートと7インチの道具が彼の頭部を貫きました。

 

 

鉄の棒は彼の顔の横から入り、左目の後ろを通り抜け、頭頂から抜け出しました。

 

奇跡的に命が助かったゲージですが、退院後に変化が起こります。

 

事故前は穏やかで、優しくて、自分より他者を優先して考える性格(いわゆる良い人)だったのが、事故後は粗暴で協調性にかける性格へと変ってしまったのです。

 

どうしようもなく頑固になるくせに、気分が変わりやすく、いざとなると二の足を踏む。将来の計画を立てはするが、すぐに変更して、結局お流れにしてしまう。知的能力や感情面は子供だが、動物的な性欲という意味では成人男性だったそうです。

 

彼の友人や知人は「もはやゲージではない」と証言しています。

 

原因は間違いなく事故にあり、それは「前頭葉(大脳皮質)」と「大脳辺縁系」の損傷です。

 

人間は大脳皮質をやられると、人間としての「他者を思いやる気持ち」「高い知的能力」を失います。

 

そして大脳辺縁系をやられると「不安」という感情も失ってしまいます。

 

これらの能力を失った人間を、人間社会は受け入れません。

 

つまり、「不安」という感情があるからこそ、人間は人間として、人間の中で生きて行けると言えます。

 

極論すると「人間」=「不安」だと言えると思います。

 

今日もブログをお読み下さり、ありがとうございます。

9月8日

ふるかわひであき

不安 3

人と動物の違い

 

人と動物の一番の違いは「脳」です。

 

「脳」を大きく3つに分けると、下の図のようになります。

 

 

大脳辺縁系は馬の脳と言われています。

 

つまり、動物にもあります。

 

動物にも喜怒哀楽の感情はありますから、ここでその感情を司ります。

 

脳幹は爬虫類の脳と言われています。

 

呼吸や内臓を動かす神経などを司ります。

 

これはほ脳を持つほとんどの生きものが持っています。

 

大脳皮質は、人が人であることを証明する脳です。

 

これがないと知的なことができなくなります。

 

仲間と協力して何かを成し遂げることもできなくなります。

 

「社会生活が普通にできる人間=大脳皮質が正常に動いている人間」だといえるのです。

 

例えばこんな事件がありました。

 

今日もブログをお読み下さり、ありがとうございます。

9月7日

ふるかわひであき