ふるかわひであきが、日頃の出来事をただ淡々と耽々と語ります。ただ淡々と耽々と毎日続けるブログです。くじけた時も、淋しい時も、裏切られても、だまされても、いじめられても、泣かされても、平気な顔して続けます。ブログは歌とカウンセリングとSC便りを超えられるか・・
<< October 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< とりあえず・・・2 | main | 死ななかった理由26 千日回峰行 >>
死ななかった理由25 千日回峰行

大阿闍梨 酒井雄哉

 

比叡山には昔から、山中や京都市内を7年間で千日間、約四万キロ歩く千日回峰行(せんにちかいほうぎょう)という荒行がある。

四万キロはだいたい地球一周する距離。

千年の歴史を持つ比叡山で、二度の千日回峰行を成し遂げた人は3人しかいない。

酒井大阿闍梨はその3人目。(酒井大阿闍梨は平成23年9月23日没)

修行の700日が終わると、修行の最終仕上げの「堂入り」がある。

堂入り後の9日間、断食(食べない)、断水(飲まない)、不眠(眠らない)、不臥(横にならない)。

医学的には死亡率100%に近い。

またこの行は<やり始めたら最後まで成し遂げねばならない>というきつい掟がある。

もし途中で断念したならば、自害(自殺)しなければならない。

やりきるか、やらぬなら死ぬ。

そのために千日回峰行の最中は自害用の短刀と紐(首つり用)を持ち歩いての修行となる。

まさに決死の覚悟だ。

その荒行を二度も満願成就させている。

自殺の研究をしている私に「酒井雄哉」という人のシンクロニシティが現れる。

千日回峰行は、途中で断念すると自殺しなければならない。

その覚悟とはいなかるものなのだろうか・・・。

苦しみや悲しみの果てに自ら命を落とす「自殺」とは少し意味合いが違うようにも思えるが、自殺は自殺である。

いや、そもそもなんで「自殺」を前提とした行動をするのか。

戦争中の神風特攻隊も自殺を前提とした行動だが、それとも少し意味が違うかもしれない。

しかし、命を賭けるというところでは同じ行動だ。

特攻隊は生還する可能性はないが、千日回峰行は可能性ゼロではない。

もし酒井大阿闍梨が自殺する目的で行をするのであれば、こんな大変なことをして自殺する必要などない。

ということは、死ぬ気でやり抜くという覚悟の現れだろうか?

実際に千日回峰行を挫折して自殺した人の資料を調べてみたが、そういう記録は残されていなかった。

挫折して自殺した人がいなかったのか、その記録自体が消失しているのかもわからない。

しかし、現代で千日修行を挫折して自殺したなんてことになると大変だろうなぁ。

まぁ、そんなことより、私は酒井大阿闍梨が二度もこの荒行に挑まれた動機が知りたくて仕方なかった。

 

3月31日

ふるかわひであき

「団塊世代の我楽多(がらくた)帳」(https:skawa68.com)というブログの
2019/9/29付けで「千日回峰」の記事投稿
しています。つたない記事ですが、もし、ご参考にしていただければ幸いです。

historia | 2019/09/29 07:35
COMMENT









Trackback URL
http://hurukawa.tantant.net/trackback/2146
TRACKBACK