ふるかわひであきが、日頃の出来事をただ淡々と耽々と語ります。ただ淡々と耽々と毎日続けるブログです。くじけた時も、淋しい時も、裏切られても、だまされても、いじめられても、泣かされても、平気な顔して続けます。ブログは歌とカウンセリングとSC便りを超えられるか・・
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障害者監禁事件 2

根拠

なんで昔はこんな監禁事件が普通にコミュニティで容認されていたのだろう・・・。

 

その根拠は、なんと江戸時代にまで遡る。

 

精神障害者(当時は乱心者と呼ばれていた)が暴れ出すと、家族、町衆、五人組などのチームが暴れている者を座敷牢に入れたのが始まりだと言われる。

 

江戸時代はまだ「刀」という人切り包丁をぶら下げた輩が普通に街を歩いていた。

 

乱心者がそんな物騒な刀を振り回した日には大変だ。

 

当然切り殺される人も大勢いた。

 

士農工商の身分制度があるので、苗字帯刀、切り捨て御免の特権を持つ武士の乱心者に切り殺された日にゃたまったもんじゃない。

 

乱心者は身分の低い者の中にもいる。

 

クワや鋤を持って大勢の村人が殺されたという古文書は多く存在する。

 

そこで、身分の違いに関係なく、人々の安全のために乱心者を隔離して閉じ込めたのが始まり。

 

それを法律にしたのが1900年(明治33年)に制定された精神病者監護法。(当時精神障害者ではなく、精神病者と呼ばれていた)。

 

制定当時は精神科病院や精神科病棟は不足していた。病院に収容しきれない精神障害者への苦肉の策として自宅の一室や物置小屋の一角などに専用の部屋を作り精神障害者をそこに閉じ込めた。

 

つまり、国家が精神障害者の監禁を公に認めていたのだ。

 

この制度は1950年の精神衛生法が施行されるまで続いた。

 

同様なことが[らい病(ハンセン氏病)]でもあった。

 

ハンセン氏病は感染するという理由で1931年からつい最近の1996年までらい予防法がこの国で施行されていた。

 

つまり、精神障害者と同様に、らい病患者も合法的に監禁されていたのだ。

 

4月15日

ふるかわひであき

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