ふるかわひであきが、日頃の出来事をただ淡々と耽々と語ります。ただ淡々と耽々と毎日続けるブログです。くじけた時も、淋しい時も、裏切られても、だまされても、いじめられても、泣かされても、平気な顔して続けます。ブログは歌とカウンセリングとSC便りを超えられるか・・
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障害者監禁事件 4

村八分

現代でさえ精神障害者に対する差別と偏見はこんなに大きいのに、昔ならもっと過酷な状態だっただろう。

日本は農村社会。

そこには「他者に迷惑をかけてはいけない」という強い掟がある。

もし、それを破るようなことがあれば、その家族はもはやそのコミュニティでは暮らせない。

村八分という強い制裁が加えられるからだ。

村八分とは要するに仲間外れにされること。

現代ならば仲間外れにされても、いくらでも住むところや仕事を変えられる。

しかし、昭和初期以前の昔はそうはいかなかった。

農業中心なので、田んぼがなければ食べていけない。

田んぼがあっても苗を購入し、水を確保し、労働力を確保し、販売経路を持たなければならない。

販売経路は年貢と言う税で賄われていたこともある。

その手続きは庄屋という村の有力者を介さないといけない。

その庄屋に背を向けられたら、年貢不払いで重い刑を科せられる。

要するに、昔は農業をする上で、他の人々との共同作業が不可欠だった。

村から追い出されるとうことは「死」に直結する重大事だ。

常に他者の目を気にして、仲間外れにされないようにしなければならない。

 

この状態は今の学校にも見られる。

クラスで仲間外れにされないよう毎日神経をすり減らす子ども達。

いじめや不登校が後を絶たない現状が続いている。

そんな時代背景や日本人の産業、文化、精神構造からすると、今の社会で鬱病や神経症がなくならないことも納得できる。

 

人はいつも他者の目にさらされている。

 

村人に迷惑をかけ、村八分になるくらいなら、我が子を蔵や物置に監禁しておくことなど、なんでもないことかもしれない。

監禁した家族を見て、同じ村に住む人々は至極当然のことと思い、その親を責めることなどなかっただろう。

 

精神障害者に限らず、知的障害、身体障害など、病気や障害のある人とその家族を取り巻く厳しい状況は江戸時代も平成の今もあまり変わっていない。

 

4月17日

ふるかわひであき

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