ふるかわひであきが、日頃の出来事をただ淡々と耽々と語ります。ただ淡々と耽々と毎日続けるブログです。くじけた時も、淋しい時も、裏切られても、だまされても、いじめられても、泣かされても、平気な顔して続けます。ブログは歌とカウンセリングとSC便りを超えられるか・・
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歌声喫茶4

デジタルかアナログか

このようにボーカロイドは今まさに若者に大流行の最先端音楽だ。

カラオケでは若者達がいかに自分の歌を機会の初音ミクの歌に近づけるかで必死みたいだ。

う〜ん、人間が機会の声を真似しようとしているのか・・・。

私のように貧しき昭和時代の人間は、ボカロではなくフォークギターだった。

指に豆を作りながら、吉田拓郎やフォーククルセダーズなどの歌を、平凡や明星の付録で付いていた歌本のコード表をみながら必死でコピーしたものだ。

ギターの弾き語りができるようになったら、誰かの部屋や公園なんかに集まって歌を聞いてもらう。

ここらあたりで歌声喫茶との差はあったのかもしれない。

歌声喫茶はみんなで歌うのが魅力なのだが、我々フォーク世代は自分で歌ってそれをみんなに聞いてもらうというスタイルだった。

今のライブやコンサートだって、基本的にはそのスタイルだ。

歌手がいて、観客がいる。

そして、歌手はスーパースターだったのだ。

吉田拓郎も矢沢永吉も間違いなくスーパースターだった。

みんなそのスターに憧れ、必死で真似をした。

しかし、ボーカロイドでは「初音ミク」という実在しないキャラクターが歌い、みんなが熱狂している。

映像にもあったが、初音ミクがコンサートを開催し、それにみんなが熱狂する。

初音ミクは機会だから音程は絶対はずれないし、歌い方も完璧だ。

生のアイドルみたいに年齢とともに色あせないし、週刊誌にプライベートを暴かれることもない。

売れなくなったらヘアヌードになって、昔のファンを悲しませることもない。

つまり、初音ミクは生の人間ではないので、経年劣化はないし、いつまででも理想のキャラクターでいてくれる。

実際に恋人は作らずに、アニメや人形などのバーチャルで二次元のキャラクターに恋している若者達が激増している。

生身の恋人だと楽しいこともあるが、ややこしいことも満載だ。

初音ミクは決して裏切ったり傷つけたりしない。

良いか悪いかではなく、これが今の若者の現状なのだ。

 

5月23日

ふるかわひであき

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