ふるかわひであきが、日頃の出来事をただ淡々と耽々と語ります。ただ淡々と耽々と毎日続けるブログです。くじけた時も、淋しい時も、裏切られても、だまされても、いじめられても、泣かされても、平気な顔して続けます。ブログは歌とカウンセリングとSC便りを超えられるか・・
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歌声喫茶6

ボカロで作曲

さて私がこのボカロで曲を作ろうと思ったらどうなるか・・・。

ひたすらコンピューターと向き合わなければならない。

一音ずつ音符を打ち込み、音の長さ、高さ、ビブラート、強弱などをコツコツと打ち込んで行く。

地道で根気が必要な作業。

正直言って私には無理。

昔YMOなどのテクノポップが大流行、その流れで小室哲也がシンセサイザーによるコンピューター音楽を大ブレイクさせた。

その頃も今もひたすらギターアナログな私は、まったく興味がわかなかった。

このコンピューターやシンセサイザーの音楽を強力にプロデュースしたのはヤマハだ。

常に新しい音楽の波を生みだし、若者に提供し、収益を上げる。

営業戦略としては秀逸だ。

 

みんなが歌うという行為の一番最初は、狩猟採集生活をしていた太古の洞窟の中で、夜に火を囲み、肉食獣の攻撃を避けながら収穫の喜びを手拍子で歌ったのが始まりなのだろうか・・・。

いやいや、どうやらそうではなさそうだ。

歌には人類生存の大きな意味がある。

洞窟の中から時は流れ、歌声喫茶があり、流しの演歌があり、ギターやピアノが普及し。、カラオケに進化し、コンピューター、シンセサイザー、そしてボカロに発展している。

太古の昔から形を変えながら、人はずっと歌を歌い続けている。

会話することと同様に、人は歌わずにはいられない生き者のようだ。

歌声喫茶で歌う人も、自分で弾き語りする人も、カラオケで歌う人も、ボカロで歌う人も、形ややり方が違うだけで、「歌う」、そしてそれを「誰かと共有する」ということは共通している。

どうやらそこには娯楽的要素以上の物が内在しているように思われる。

そのことをまた歌声喫茶講演会で語ってみたい。

私がリーダーを務め、主催する歌声喫茶に参加したい方はどうぞお申し出下さいませ。

20人くらい集まれば開催します。

その時に人が歌う理由もお話したいと思います。

お申込みの方法は私に直接申し込んでいただくか、このブログのコメントやHPの申し込みフォームからどうぞ。

リクエストにはとことんお答します。

時代、年代を問わず、お一人でもグループでもご参加くださいね。

 

5月25日

ふるかわひであき

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