ふるかわひであきが、日頃の出来事をただ淡々と耽々と語ります。ただ淡々と耽々と毎日続けるブログです。くじけた時も、淋しい時も、裏切られても、だまされても、いじめられても、泣かされても、平気な顔して続けます。ブログは歌とカウンセリングとSC便りを超えられるか・・
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とにかく逃げろ!

カンボジア難民

ポル・ポトの容赦のない虐殺に人々は逃げ出した。

難民となった人々は日本にも来ている。

1975年、カンボジア難民が初めて日本にボートピープルとして上陸。

1979年、日本政府は兵庫県と神奈川県にカンボジア難民定住促進センターを開設。

3千人以上の人がここで日本語を学び、就職できた人もいる。

この人はメアス・ブン・ラーさん。

1982年15歳で日本人の里子になる。

両親と3人の妹は帰らぬ人となった。

日本に来てからも学校でいじめにあったり、かなりの苦労をして定時制の高校を卒業。

ポルポト政権は倒れ、平和になったカンボジアに帰国。

妹の一人とは再会できた。

このラーさんの里親になられたのがこの人。

カトリック神父の後藤文雄さん。

吉祥寺にあるカトリック教会の神父さんで、カンボジア難民の話を聞き、信者のみなさんを集め、里親になる人を募集したが、誰も手を上げなかった。

そりゃぁそうだろう。

いきなり外国の、しかも思春期の難しい年齢の子どもを引き取れる余裕のある家庭などそうそうありゃしない。

後藤神父は自らも太平洋戦争で母親と弟を失くされ、戦争の悲惨さを実体験されている。

後藤神父は自らの私財を投げ出し、難民救済を始め、ラーさんをはじめ、14人の子ども達を自らの里子にされた。

めでたしめでたし、と言いたいところなのだが・・・。

 

8月22日

ふるかわひであき

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