ふるかわひであきが、日頃の出来事をただ淡々と耽々と語ります。ただ淡々と耽々と毎日続けるブログです。くじけた時も、淋しい時も、裏切られても、だまされても、いじめられても、泣かされても、平気な顔して続けます。ブログは歌とカウンセリングとSC便りを超えられるか・・
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ブログでシネマ 172

Father(ファーザー、カンボジアへ幸せを届けたゴッちゃん神父の物語)

 

昨日までの長いお話はここに続いていたのです。

ラーさんと後藤神父さんは話し合いを続け、カンボジアに学校を作ることで罪滅ぼしをしようと考えられたのです。

殺したカンボジア人の分までカンボジアの人々を幸せにすることが、生き残ったものの責務であると結論付けたゴッちゃん神父とラーさんは二人で動き始めた。

そしてここにその実話を撮影したドキュメント映画が完成したのです。

自分の知らないところでいろんな人生がある。

映画はそんな自分の知らない人生や物語を教えてくれる。

 

自分の経験できる人生は狭いものだ。

だから映画で他の人の人生に触れることを大事にしたい。

 

ゴッちゃん神父とラーさんはカンボジアに19の学校を建設した。

 

最後にゴッちゃん神父がポツリとささやかれた。

 

「個人ができることは限られているし、私の出来ることは年齢的にもお金の面でも、もう限界だ。これ以上私に頼られても、もう難しい。これからはカンボジアの人々が自立して復興していく他に道はないだろう」

 

それはそうだと思う。

 

だけど一人の宗教人として、人間として、ゴッちゃん神父は素晴らしい人だと思った。

 

カトリックの神父様は生涯独身を貫かねばならない。

 

映画の中でも、家族のいない孤独な老人生活が垣間見られる。

 

だけど、きっとゴッちゃん神父が神に召される時は孤独ではなく、たくさんの日本人とカンボジアの人が別れを告げに来られるだろう。

 

8月24日

ふるかわひであき

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