ふるかわひであきが、日頃の出来事をただ淡々と耽々と語ります。ただ淡々と耽々と毎日続けるブログです。くじけた時も、淋しい時も、裏切られても、だまされても、いじめられても、泣かされても、平気な顔して続けます。ブログは歌とカウンセリングとSC便りを超えられるか・・
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びびるカウンセラー

「木一つ、首一つ」

戦国から江戸時代。築城や街づくりの為に、木曽の木材は、乱伐が続いた。
良質の材木が藩力の礎と考えた徳川家康は、この林を自らの管轄に治めようとした。

木曽は親藩の尾張徳川家の所有となり、尾張藩は地元農民による木曽五木の伐採を禁じたのだ。
そのときのおふれが、「木一つ、首一つ」。


ヒノキ1本が、人の命と同じ…と、厳しく取り締まった歴史。
明治維新後も国有林として厳しく管理された木曽の森。厳しい取り締まりで命を落とした人もいたそうだが、そんな厳重な管理体制があったからこそ、江戸から現代まで、この木曽の美林が守られてきたと言うこともできる。

山からヒノキを切りだし、川の高低差を利用して町に原木を運ぶ。

実によく考えられた方法で、それを模型で再現している。

本当にこんな大規模な設備が存在したのだろうか・・・。

これが本物の写真。

間違いなく存在したようだ。

米が作りにくい山間部では、ヒノキは貴重な収入源。

人間の首(命)より銭が重い世相は今も変わらないのだろうか・・・。

 

11月28日

ふるかわひであき

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