ふるかわひであきが、日頃の出来事をただ淡々と耽々と語ります。ただ淡々と耽々と毎日続けるブログです。くじけた時も、淋しい時も、裏切られても、だまされても、いじめられても、泣かされても、平気な顔して続けます。ブログは歌とカウンセリングとSC便りを超えられるか・・
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回想法 9

テレビ番組 3

昔のテレビ番組はだいたい、2,4,6,8,10,12の6つしかなかった。

12は教育テレビ、2はNHK、後は民放だ。

おまけのようにUHF放送で京都テレビがあったな。

昭和39年の「ゼロ戦隼人」をご存知だろうか?

このアニメに随分心踊らされた。

というのも、私の父は予科練という特攻隊の志願兵だったからだ。

戦争の話をよく聞かされた。

ゼロ戦の前で特攻服と呼ばれる飛行服を着た勇敢な父の写真が残っている。

さぞかし勇敢な武勇伝かと思いきや、悲惨な話が多かった。

 

終戦前には飛行機に入れる燃料がなくて、飛行機を飛ばせず、呉にある飛行場で毎日土木作業ばかりさせられていた。

だから自分達の事を予科練ではなくドカ練と呼んでいたとか・・・。

 

上等兵からのいじめ(体罰)がひどく、毎日殴られていて、アメリカ兵ではなく、同じ日本の上等兵に殴り殺されるのではないかと思ったとか・・・。

 

食事は鉄の茶碗に竹の箸で、まるで仏さんに備えるごはんみたいだったとか・・・。

 

日本の高射砲など、とっくに届かない高度からB29が爆弾を落としてくるので、なすすべがなかったとか・・・。

 

私の小さい時はまだほんの少しだけ戦争のにおいが残っていた。

 

初詣に行くと傷痍軍人の人が募金を募っていたりした。

 

あぁ、戦争に負けるのはこんなに悔しいことなのか・・・。

 

そんな時に始まったのがこの「ゼロ戦隼人」

 

敵の戦闘機を次々と撃ち落とす隼人に憧れを感じた。

 

ノートいっぱいにゼロ戦隼人の絵を書いていた記憶がある。

 

時が流れ、戦争の悲惨さを痛感し、平和の大切さを身に沁みて感じる。

 

こんな戦争アニメはよろしくない!

 

戦争を美化してはいけない!

 

撃ち落とされたアメリカの飛行機パイロットにも恋人や友達や家族がいるのだ!

 

だけど男の子は、そして人間という生き物は口では戦争反対と言いながら、テレビや映画では戦争ものが大好きなのだ。

 

人間の中に住んでいる悪魔の心・・・。

 

今ではそんなことも考えられるようになった。

 

12月23日

ふるかわひであき

 

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