ふるかわひであきが、日頃の出来事をただ淡々と耽々と語ります。ただ淡々と耽々と毎日続けるブログです。くじけた時も、淋しい時も、裏切られても、だまされても、いじめられても、泣かされても、平気な顔して続けます。ブログは歌とカウンセリングとSC便りを超えられるか・・
<< January 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< しめ縄 | main | 回想法 22 >>
しめ縄 2

処分の仕方

どんと焼きがなくなったからには自分で縁起物を処理しなくてはならない。

近くの神社では 去年の破魔矢や縁起物が 山のように積まれていて、これ以上は収容できないくらいだ。

きっと最後はゴミとして処理されるのだろう。

それなら他人任せにしないで自分で処理した方が良いと思った。

 

しめ縄などの縁起物を白い紙で包み、塩で清めて、祈りを捧げ、感謝して分別ごみに出して処理すればいいらしい。

 

だけど人はなんでそんなふうに縁起物を畏れるのだろう。

しめ縄なんかの縁起物を作る業者は、毎年売れる量を見越して、余ったものは腐るものでもなし、翌年に回す在庫にしたり、処分したりしているそうだ。

 

スーパーなどのおせち料理なんかの縁起物も、日にちが来たら大安売りして、あとは廃棄処分して、家畜の飼料になったりする。

 

福祉施設で働いていた時に、ゴミの分別作業にも関っていたので、ゴミ処理の大変さはよくわかる。

 

縁起物をみんないろんな方法でゴミとして処分するのだが、必ずそれを処理してくれている誰かがいるのだ。

 

自分はお清めとかして納得しても、その先で汗水たらして分別し、処理してくれている障害者の存在を忘れてはいけない。

 

 

「しめ縄」の画像検索結果

 

毎年大量に飾られて、大量にゴミとなって処理される縁起物

 

 

「門松」の画像検索結果

こんなふうに兵隊さんみたいに並んだ門松もすごいな。

 

お正月が過ぎたら全部処分されるのだろうか・・・。

 

「鏡餅」の画像検索結果

 

合理的に考えたら、所詮ゴミになるものなんだから、そんなものを飾ったってゴミが増えるだけだし、飾らないでおこうと思うのも無理はない。

 

年末年始の街を歩けば、しめ縄や門松なんかの縁起物を飾っている家がめっきり少なくなったのに驚く。

 

それでもお正月に年神さまを迎えし、その年1年の厄払いと幸せを願う人もいる。

 

私もその一人だ。

 

神様も仏様も大好きなので尊敬し敬い、頭を垂れる。

 

だけどこの社会に生きている市民でもあるので、ゴミの分別収集にはちゃんと貢献したい。

 

そんな小市民な私を、神様も仏様も笑って憐れんでくださいますよう御願い奉ります。

 

今年も無事に正月を迎えられたことを神仏に感謝せずにいられない。

 

1月13日

ふるかわひであき

COMMENT









Trackback URL
http://hurukawa.tantant.net/trackback/2801
TRACKBACK