ふるかわひであきが、日頃の出来事をただ淡々と耽々と語ります。ただ淡々と耽々と毎日続けるブログです。くじけた時も、淋しい時も、裏切られても、だまされても、いじめられても、泣かされても、平気な顔して続けます。ブログは歌とカウンセリングとSC便りを超えられるか・・
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怒りと虐待の収め方

他者の手を借りる

家庭内において、自分で怒りを収められない場合は誰か他の人の手を借りるしかない。

家庭の中なので当然家族がその対象になる。

しかし、これがなかなか至難の技。

怒り狂う父ちゃんを止めるなんてことはなかなかできない。

また怒り狂う母ちゃんを止めるのも同じくらい難しい。

子どもは水槽の中の熱帯魚みたいに、じっと嵐が去るのを待つしかなくなる。

もし怒り狂う父ちゃんを、母ちゃんが止めに入ったら、そのまま夫婦喧嘩やDVに発展する可能性がある。

怒り狂ってしまったら、もう誰も止められない。

今回の事件でも、母親が見て見ぬふりをしたとして逮捕されている。

心情的には当然だと思うのだが、怒り狂う父親を止める力など母親にはなかったに違いない。

だいたいその抑止力が働くのなら、今回の事件は起こっていなかっただろう。

つまり、怒りと病気は同じで、治療よりも予防が大事なのだ。

その予防策の第一歩が「怒りを止めたい」と思う自覚。

虐待をしている親の多くが、虐待した後に深く落ち込んでいる。

落ち込むくらいならしなければ良いのにと思うのだが、その理屈が通らないのが「怒り」の本質なのだ。

(次回は怒りの自己制御力)

今日もブログに来てくれてありがとう。

3月14日

ふるかわひであき

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