ふるかわひであきが、日頃の出来事をただ淡々と耽々と語ります。ただ淡々と耽々と毎日続けるブログです。くじけた時も、淋しい時も、裏切られても、だまされても、いじめられても、泣かされても、平気な顔して続けます。ブログは歌とカウンセリングとSC便りを超えられるか・・
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森永製菓

 

森永のお菓子を好んで食べます。

 

 

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三に押し!

 

もちろん他にも美味しいお菓子がたくさんありますね。

 

 

創業は1899年。今年で120周年です。

 

これは凄いこと。

 

120周年の歴史を大々的に広告しています。

 

だけど待てよ・・・。

 

この歴史には森永ヒ素ミルク事件が掲載されていないなぁ。

 

<森永ヒ素ミルク事件>

森永乳業徳島工場で製造された「森永ドライミルク」のため、1955年に発生した大規模な中毒。大量のヒ素を含んだ工業用の第2リン酸ソーダを、安定剤として混ぜたのが原因とされた。同工場の製造課長が業務上過失致死罪で起訴され、徳島地裁は73年11月、実刑判決を言い渡した。同12月、「森永ミルク中毒のこどもを守る会」と森永乳業、厚生省の三者が恒久対策案に合意した。 岡山、広島、香川など全国で1万3000人以上の被害者を出した「森永ヒ素ミルク事件」から50年。安全であるはずの粉ミルクに、人生を大きく変えられた被害者は50歳前後、両親は70〜80代の高齢者となった。今も知的障害など心身の後遺症に苦しみ、将来の生活に不安を抱き続けている。

 

もちろん和解が成立しているので、法律的には森永側にもう問題はありません。

 

その後も真摯な姿勢で企業努力を続けられておられるのでしょう。

 

だけどなぁ、120年史を掲載するなら、そのことにも触れていたら、もっと森永ファンが増えるのになぁ。

 

なんか「お金払って和解しているから、もう終わりました。そのことはなかったことにしましょう」みたいな感じで、被害者のみなさんの心情を考えると、なんだかなぁと思います。

 

被害者のみなさんは、もちろん、もう和解が成立しているので、この広告に異議申し立てはできません。

 

だけど、こんな広告になったとしたらどうかなぁ。

 

「和解もしているし、保障もしていますが、あの時は本当にごめんなさい・・・。被害者の皆様にはいくらお詫びしてもしきれない深い罪を背負い、反省しながら良い製品を作り続けます」

 

こんな広告が出ても、誰も批判しないんじゃないかなぁ。

 

法的な保障が終わっても、その時の理不尽を反省続け、今後に繋げる。

 

あ、なんか我が国とお隣の国の関係に似ていますね。

 

法律は国内、国外を問わず、とても大切な紛争解決手段です。

 

それを尊重しないと社会の秩序が崩れてしまいます。

 

「この件につきまして、国際法上は保障を済ませ、それ以上の要求に対しては第三国で構成された紛争調停委員会の客観的な意見を聞きながら、今後も法的に解決させていただきます。ただ、当時我が国が犯した戦争のあらゆる罪に関しては生涯反省し、世界平和に勤め、被害を受けた皆様には心からお詫び申し上げます」

 

こんな声明が出たらいいな。

 

もしそれでも理不尽な要求が出るようであれば、国際的な批判の声は日本ではなく、賛否両論でもなく、お隣の国に向くのではないでしょうか。

 

そんなことはお隣の国も望まないでしょう。

 

お菓子から国際紛争、京アニまで、世の中は罪と罰であふれかえっていますね。

 

ジョンレノンのメッセージが聞こえてきそうです。

 

All You Need Is Love”(愛こそは全て)

 

今日はブログをアップするのが遅れてすいませんでした。

8月30日

ふるかわひであき

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