ふるかわひであきが、日頃の出来事をただ淡々と耽々と語ります。ただ淡々と耽々と毎日続けるブログです。くじけた時も、淋しい時も、裏切られても、だまされても、いじめられても、泣かされても、平気な顔して続けます。ブログは歌とカウンセリングとSC便りを超えられるか・・
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相模原殺傷事件

死刑判決

 

相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で2016年、入所者の男女ら45人が殺傷された事件で、殺人などの罪に問われた元職員植松聖被告(30)の裁判員裁判の判決が16日、横浜地裁でありました。

 

青沼潔裁判長は被告の責任能力を認めた上で、「強烈な殺意に貫かれた犯行で、結果は他の事例と比較できないほど甚だしく重大だ」として、求刑通り死刑を言い渡しました。

 

世論が一番反応したのは、犯人の「知的障碍者は生きていてもしょうがない」という発言でした。

 

そして、そのことは犯人のみならず、合理的な考え方を優先する世情の責任もあり、我々全員が差別をなくす努力をして、大いに反省すべきだという結末になりました。

 

何も間違っていません。

 

そのことを肯定しながら、私の私的な経験も踏まえて、もう少し別の角度からこの事件を考えて見たいと思います。

 

まず、この事件の被害者の多さです。

 

被災者の数19人は、戦後の日本での犯罪史上最多です。

 

2001年に起きた付属池田小学校児童殺人事件がありました。

 

殺された被害者の数は8人で、この事件より少ないのですが、大量殺人であることは変わりません。

 

この2つの犯人の共通点はその異常な動機です。

 

池田小の犯人は

 

<大量に人を殺すような事件を起こせば(前妻が)私と知り合ったことを後悔するだろう>

<私の苦しい思いを、できるだけ多くの人にわからせてやろう>

 

そして今回の犯人は

 

<意思疎通のとれない重度障害者は人間ではない>

 

もし、これらの犯行動機が世の中の利己的考えの蔓延であれば、同様の事件がもっと多発しいているはずです。

 

だけど、ほとんどの人は人を殺すことなく生きています。

 

この「人を殺してしまう犯人」と「人を殺さない人」の違いを考えたいと思います。

 

今日もブログをお読みくださり、ありがとうございます。

3月20日

ふるかわひであき

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