ふるかわひであきが、日頃の出来事をただ淡々と耽々と語ります。ただ淡々と耽々と毎日続けるブログです。くじけた時も、淋しい時も、裏切られても、だまされても、いじめられても、泣かされても、平気な顔して続けます。ブログは歌とカウンセリングとSC便りを超えられるか・・
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違いは何か・・・

ひとつの仮説

 

1848年、アメリカで起きたフィネアス・ゲージ事件というのがあります。

 

鉄道事故でフィネアスゲージの頭に鉄の棒が突き刺さり、彼の前頭葉を貫通しました。

 

彼は一命を取り止め、回復したものの、以前と性格が全く変わってしまいました。

 

鉄棒が刺さるまでのゲージは心優しい、普通の市民だったのですが、事故後はとても残忍な性格に変わってしまいました。

 

人間は前頭葉に障害があると、理性や他の人を思いやる気持ちがなくなります。

 

池田小の犯人も、今回の犯人も、「判断や責任能力」は問われましたが、脳気質異常に関しては問われていません。

 

ゲージ事件のようにあきらかに外傷性の脳気質異常であればわかりやすいのですが、現代の医学では解明できない何かがある可能性はあります。

 

だから犯人を許せと言っているのではありません。

 

同じことが起こらないようにする世の中の仕組みを考える必要があると思います。

 

先日ブログで書いた、精神障害のある娘を何年も監禁し、死なせてしまった両親の事件。

 

もし、あの両親が子供を監禁せず、何かの事件を起こしたとしたら世間はどんな反応をしたでしょう。

 

「なんでそんな子供を野放しにするんだ!家で監禁しとけよ」なんてコメントが並ぶのが目に浮かびます。

 

精神や脳気質に何らかの異常を抱える人たちを救う世の中の仕組みがなければ、今後も同様の事件が起こりかねません。

 

それではどんな仕組みが必要なのでしょうか。

 

今日もブログをお読みくださり、ありがとうございます。

3月21日

ふるかわひであき

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