ふるかわひであきが、日頃の出来事をただ淡々と耽々と語ります。ただ淡々と耽々と毎日続けるブログです。くじけた時も、淋しい時も、裏切られても、だまされても、いじめられても、泣かされても、平気な顔して続けます。ブログは歌とカウンセリングとSC便りを超えられるか・・
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学校を考える 4

親の負担と教師の負担

 

学校がないので、食事などの日常生活に関して、親の負担は大きいでしょう。

 

しかし、学校に関しての負担はありません。

 

特によく学校で問題を起こす子どもの親は、学校からの「実は今日も〜君がこんな問題を起こしましてね」という、寿命が縮むような連絡を受けなくて済みます。

 

また不登校の子どもを持つ親は、毎朝学校に「すいません、今日も起きて来ないので休ませます」という、とてもストレスフルな電話をしなくても済んでいます。

 

学校からの電話は、親に通知表を渡されるような感覚になります。

 

子どもが学校で凄く活躍したり、成績が伸びたりした時には、たいがい何の電話もありません。

 

ところが、何かあった時にはもれなく連絡が入ります。

 

教師も悪気があって電話しているわけではないのですが、親はどうしても自分が責められているような錯覚に陥りやすいのです。

 

これに異常に反応すると、親はモンスターペアレントに変身します。

 

ただ、モンスターペアレントになるのも楽ではありません。

 

かなりのエネルギーを使います。

 

学校に行かなければ「不登校」。学校に行って問題を起こせば「問題児」。

 

学校がなければ、これらの問題から親は解放されます。

 

親に負担がないということは、親が学校にクレームを入れるということもないと言うことです。

 

モンスターペアレントの対応を避けられるのは、教師にとってはとても有難いことと言えます。

 

また、子どもが登校しないので対教師暴力もありませんし、体罰もありません。

 

部活の付き添いで土日に家を空けることもありません。

 

学校閉鎖が原因で心の病になった教師の報告はまだありません。

 

(家に居場所がなかったり、早く家に帰りたくない教師はちょっとお困りのようです)

 

今日もブログをお読みくださり、ありがとうございます。

5月17日

ふるかわひであき

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