ふるかわひであきが、日頃の出来事をただ淡々と耽々と語ります。ただ淡々と耽々と毎日続けるブログです。くじけた時も、淋しい時も、裏切られても、だまされても、いじめられても、泣かされても、平気な顔して続けます。ブログは歌とカウンセリングとSC便りを超えられるか・・
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学校を考える 7

まとめ

 

こんなに良いことばかりがあるのだから「学校をなくしてしまえ!」などと乱暴で早計なことを言いたいのではありません。

 

今回の休校はウイルス感染防止の一時的な措置であり、それが当たり前になれば新たな問題は必ず起こるでしょう。

 

しかし今回の「一斉臨時休校」は、学校という子どもの居場所について、何か一石を投じているのかもしれません。

 

考えてみれば、新型コロナウイルス以外に日本中の学校を休校させる力のある存在はないのです。

 

不登校やいじめの解決策を考えるために、一度学校を閉めて様子を見ようという発想など誰も持っていませんし、意図的にそんなことを画策しても、数えきれないほどの問題に直面し、結局は現状維持に落ち着くだろうと思います。

 

ところがこのウイルスは問答無用で即実行に移させました。

 

コロナで亡くなられた方や、経済的に大打撃を被った方にはこれ以上の不幸はありませんが、‘教育現場’はここから何かを学ぶ姿勢があっても良いのではと思います。

 

学校という「場」は人間が編み出した素晴らしい教育システムです。後世に残すべき偉大なものです。

 

しかし、その制度が経年劣化を起こしていることも否めません。

 

教師も親もカウンセラーも、既存の学校システムの中で育っています。

 

言い換えれば、今の学校制度しか経験していませんし、それが揺るぎない常識となっています。

 

学校を閉鎖するという、自分が経験していないことを発想するのは難しいものです。

 

未経験の領域に足を踏み入れることに強い不安と恐怖さえ感じます。

 

そんな臆病な私達に新型コロナウイルスは「ほら、学校を閉めたらこんな良いことがあるんだぜ」と、教えてくれているような気がします。(そのやり方はとても脅迫的ではた迷惑ですが・・・)

 

今ある学校を残しながら、新しい「学校という子供達の居場所」を考える時が来ているのではないでしょうか。

 

人類史上、ウイルスはいつの世も厄介なものですが、彼らを排除できない以上、共存し、逆にウイルスから何かを学ぶしたたかさも必要です。

 

そんな積み重ねが実を結び、いつか学校の問題が全部なくなる日が来たら素晴らしい。

 

あ、そうなると真っ先にSCは失業してしまいますね。

 

ま、ええか。

 

今日もブログをお読みくださり、ありがとうございます。

5月20日

ふるかわひであき

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