ふるかわひであきが、日頃の出来事をただ淡々と耽々と語ります。ただ淡々と耽々と毎日続けるブログです。くじけた時も、淋しい時も、裏切られても、だまされても、いじめられても、泣かされても、平気な顔して続けます。ブログは歌とカウンセリングとSC便りを超えられるか・・
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親のパワー 2

理屈ではない

 

親のパワーは理屈で勝利することではありません。(もちろん力でねじ伏せることでもありません)

 

合理的な理屈や理由は、一時的には子供をやりこめられても、すぐにひっくり返されます。

 

子供は親よりも理屈を考える時間をたくさん持っています。

 

親が生み出すその場限りの理屈など、翌日には簡単に覆します。

 

子「なんで学校いかなあかんねん」

 

親「みんなが我慢して行ってるんやから、あんたも我慢して行きなさい」

 

子「みんな我慢してるんやったら、みんなが嫌がってるんやろ。なんでみんなが嫌なとこにいかなあかんねん」

 

親「・・・」

 

親が言葉に詰まったこの時点で子供に勝利の女神が微笑みだします。

 

親「うるさいな!」

 

親が理屈に困り、最後の捨てゼリフの「うるさいな!」が出たら、子供の勝利です。

 

子供は直感的に「親もその答えを持っていないんだ」と見抜きます。

 

このあたりの力動は、生意気な子供VS子供に押される親、という単純な構造では語れません。

 

理屈っぽい生意気な子供と捉えると、最後は暴力や他人の力を借りるしかなくなります。

 

ここで「そう言われれば親の私も、今までなんで学校に行かないといけないのか考えたことなかったな・・・」という気づきが親に生まれるかどうかです。

 

学校はみんなが普通に行ってることやから、あんたも普通に行ったらええねん。ほんまに面倒くさいな・・・。

 

これは、親が学校について考えることを自ら放棄している証拠です。

 

このように考えると、わがままな子供というよりも、「親の成長を促すための問題用紙を親に提出している子」であるとも考えられます。

 

この問題用紙を無視したり破り捨てたり、面倒くさがったりすると、子供は動かなくなります。

 

「親孝行」とか「親の言うことに逆らってはいけない」なんていう、儒教的な教えに基づく、家父長制度的な考えはもはや通用しません。(それを否定しているのではありませんが)

 

親の考え、経験、愛情から、親の考えに魂が入った時、暴力など使わずとも子供は親のパワーに素直に従います。

 

これから親が逃げると、子供が動かないだけではなく、親にうつ病や不安などの症状が現れだします。

 

(続く)

 

今日もブログをお読みくださり、ありがとうございます。

5月23日

ふるかわひであき

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