ふるかわひであきが、日頃の出来事をただ淡々と耽々と語ります。ただ淡々と耽々と毎日続けるブログです。くじけた時も、淋しい時も、裏切られても、だまされても、いじめられても、泣かされても、平気な顔して続けます。ブログは歌とカウンセリングとSC便りを超えられるか・・
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顔 2

もしも・・・

 

もしも顔がなかったら、人間はとても困る。

 

相手を認識することができなくなる。

 

誰かを思い出す時、人はまずその人の「顔」を思い出す。

 

だからその「顔」がないと、人は大いに戸惑う。

 

日本にはのっぺらぼうというお化けの話があるが、これに出くわした人はめちゃくちゃ驚く。

 

顔がない人に出会う衝撃は今も昔も変わらないようだ。

 

 

この魚屋のおじさんは、あまりにもびっくりし過ぎて股間がもっこりする珍しいおじさんだ。

 

 

千と千尋の神隠しに出てくる「顔なし」だってそうだ。

 

人間は自分以外の人間に「顔がない」という事態に耐えられない。

 

その理由は、日常的にそんな人間の存在がいないという常識的判断もあるが、いちばん怖いのは、顔のない相手は何を考えているのか分からないことだ。

 

 

実際に大人しいと思っていた顔なしも、その本性は人間さえも食ってしまう恐ろしい化け物だった。

 

つまり、顔がない人というのは「どういう人なのか」「何を考えているのか」「自分の敵なのか味方なのか」まったく分からない未知なる存在(人間の持つ認識が通用しない存在)だから、大いに恐怖を感じるのだろう。

 

逆に見れば、顔さえあれば、人はある程度その人物を判断できる。(それが正しいかどうかは別物。笑顔で近づく詐欺師の類はいっぱいいる)。

 

実際はどうあれ、顔があってにこやかにしている人を見れば安心感があるし、こちらを見て歯をむき出し、目を吊り上げている人をみれば恐怖を感じて近づかないようにすることも可能だ。

 

また顔はそのパーツが標準仕様であることも求められる。

 

 

かわいいキティちゃんだが、彼女には「口」がない。

 

作者によればそれが狙いだったようだ。

 

口がないから、彼女を相手に会話する子供たちの、喜怒哀楽の感情を自由にキティちゃんに反映させられるのだそうだ。

 

自分が悲しい時は、キティちゃんは一緒に泣いてくれたり、笑顔で慰めてくれたり・・・。

 

子供は「そうであって欲しい」と思うキティちゃんの存在しない「口」を自由に描き、創造力をかき立てることができる。

 

だけど、このように前向きなことばかりでもない。

 

(明日に続く)

 

今日もブログをお読みくださり、ありがとうございます。

5月26日

ふるかわひであき

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