ふるかわひであきが、日頃の出来事をただ淡々と耽々と語ります。ただ淡々と耽々と毎日続けるブログです。くじけた時も、淋しい時も、裏切られても、だまされても、いじめられても、泣かされても、平気な顔して続けます。ブログは歌とカウンセリングとSC便りを超えられるか・・
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見捨てられ不安を考える 8

イネイブラー

 

イネイブリングの関係は、夫婦、恋人、友人同士、親子、師弟、雇用関係、政府対国民など人間関係が多様であるように、限りなく多彩です。

 

イネイブリングは世代や性別にかかわりなく起こりますが、男性よりも女性のほうに多く見られるようです。

 

母性本能に加えて、家族の世話は女性の役割だという社会通念が、女性のイネイブリングを当たり前にしています。

 

また女性は、自分に人生を切りひらく力があるとはあまり思わずに、むしろ他人が自分を頼ってくれるように仕向けることで、伝統的な役割分担を乱すことなく他者をコントロールする力を得るのです。

 

何らかの援助を必要とする人をケアする立場にある人たちは、イネイブリングの罠にはまる危険があります。

 

特に、心身を病む人を世話するパートナー、親、友人、看護人などは要注意です。

 

イネイブリングをする人のことをイネイブラーと言います。

 

適切な援助とイネイブリングの間に線を引くのはなかなか難しいものです。

 

イネイブラーはほんとうは自分の足で立てるはずの人に手を貸してしまいます。

 

イネイブラーは、犠牲者は自分のほうだと思いがちです。

 

しかし、誰かに依存されるという状態は、イネイブラー自らが選んだものに他なりません。

 

どこかで弱々しい依存的な人に捉まってしまい、気が付いたらイネイブラーになっていたなどということはありえないのです。

 

イネイブラーは誰かの世話をするように強制されたわけではありません。

 

労力を上回る報酬が明らかにあるからこそ、イネイブラーは人に尽くします。

 

この社会は「善人に見える人」を賞賛します。

 

イネイブラーは、自分の並外れた博愛的性格だけでなく、その能力を見せつけます。

 

他の人たちの責任まで引き受けることが出来るのは、実に格好のいいことです。

 

こうして彼らは周囲からの賞賛を集め、うぬぼれを強めます。

 

このように、依存症者の家族会やダルク、AA(断酒の会)などは、家族によるイネイブリングを常に警戒し、注意喚起しています。

 

今日もブログに来てくれてありがとう。

6月12日

ふるかわひであき

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