ふるかわひであきが、日頃の出来事をただ淡々と耽々と語ります。ただ淡々と耽々と毎日続けるブログです。くじけた時も、淋しい時も、裏切られても、だまされても、いじめられても、泣かされても、平気な顔して続けます。ブログは歌とカウンセリングとSC便りを超えられるか・・
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どんべんしょ 6

九字護身法

 

九字護身法(くじごしんぼう)とは、「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」の九字の呪文と九種類のによって除災戦勝等を祈る作法である。

 

ただし本来は仏教(特に密教)で正当に伝えられる作法ではなく、道教の六甲秘呪という九字の作法が修験道等に混入し、その他の様々なものが混在した日本独自の作法だ。

 

「印(いん・しるし)」とは、呪文を唱えながら両手で様々な形を作ること。

 

具体的にはこんな感じ。

 

九字護身法 - Wikiwand

 

日本には古来、山岳信仰というものがある。

 

人間は死ぬと、その魂は山に還っていくという思想だ。

 

山には霊力があるという直感が働くことがある。

 

これは山登りを経験している人には理解できる感覚かも知れない。

 

私は渓流釣りが好きなので、山に入り、アマゴを追っている時に、ふと不思議な気持ちになる時があった。

 

山の空気と渓流の音、木々のざわめき、そんな中に身を置いていると、ある瞬間、自分を忘れている時がある。

 

そして、その瞬間はとても幸せな気持ちに包まれている。

 

日本古来の修験道者は、この感覚を実感するために、山に入り、修行をしているのかもしれない。

 

死んだあとの魂の静寂を体験するために、山岳修行に励むのかもしれない。

 

修験道に関して詳しくないので、詳細は不明だが、とにかく山には不思議な力があり、そのことを昔から日本人は知っており、何かを体感するために山での厳しい修行に耐える。

 

その修験道者がこの九字護身法を身に着けている。

 

山での修行には様々なものがある。

 

「山駆け」「滝行」「禊ぎ」「法螺」・・・。

 

どれも難行苦行だが、山の中なので当然危険も伴う。

 

熊に襲われたり、落石、害虫、崖、急な気候変動・・・。

 

それらの災厄から、この九字護身法で身を護る。

 

この修行法は今流行の「鬼滅の刃」でも登場している。

 

主人公の男の子は、山の中で妹のために修行している。

 

鬼を倒すためには、海ではなく、山でなくてはいけないのだろう。

 

さて、実際に映像でこの九字護身法を見ていただこう。

 

 

なかなかかっこいい。

 

ここで私が注目したのは、印の形である。

 

両手で様々な形(印)を作っているが、この形と、「どんべんしょ せんきった」の両手の形が驚くほどよく似ている。

 

「どんべんしょ せんきった」も「九字護身法」も、ともに目的は「厄除け」であり、不安の対処法として使われていることが共通している。

 

さて、私が一番興味があるのは、「どんべんしょ せんきった」の呪文と印は、当時の子供が九字護身法などを手本に、誰かに教えられたものなのか、あるいは、自然発生したものなのか、である。

 

今日もブログに来てくれてありがとう。今日のブログの合言葉は「呪文教えて」です。

10月16日

ふるかわひであき

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