ふるかわひであきが、日頃の出来事をただ淡々と耽々と語ります。ただ淡々と耽々と毎日続けるブログです。くじけた時も、淋しい時も、裏切られても、だまされても、いじめられても、泣かされても、平気な顔して続けます。ブログは歌とカウンセリングとSC便りを超えられるか・・
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修学旅行 11

米軍基地はなんのためにあるのか・・・

A子:「先生、日米安保条約て知ってる?」

日本にある米軍基地の75%は沖縄県に集中している。

A子はその現実を初めて知った。

そして驚き、初めて日米安保条約に触れた。

沖縄には基地がいっぱいあって、住民の人はいろんな思いを持っている。

アメリカに守られているのか、アメリカに占領されたままなのか・・・。

いくら基地反対の運動をしても実らない。

日本はアメリカに守ってもらっているから仕方ないのだ。

その負担は沖縄の人に背負ってもらうしかないのだろうか。

しかし、沖縄も基地問題も本土にいる我々には現実感がない。

そのことをA子はかなり興奮して語ってくれた。

 

6月11日

ふるかわひであき

修学旅行 10

沖縄の現実

A子:「先生、沖縄に米軍基地がなんであると思う?」

A子:「こんなこともあったんやで。知ってた?」

1995年(平成7)9月の米海兵隊員による少女強姦(ごうかん)事件は沖縄の人々を激高させ、米軍基地撤廃を求める沖縄の人々の声は大きな運動になっていった。

 

米軍の軍用地使用は、日米地位協定による特別措置法により土地収用委員会の採決によって実施されてきたが、沖縄県知事大田昌秀(当時)は米軍基地反対の声が高まるなかで、米軍用地地主の立会署名代行を拒否した。

 

これに対して、内閣総理大臣による訴訟が起こされ、1996年8月28日の最高裁判決で沖縄県知事の敗訴が確定した。

 

 

しかし、米軍基地存続に関して沖縄県民の意見は常に割れている。

経済や軍事的なことを考えると賛否両論になる。

答えはA子達が未来に出してくれるのだろうか・・・。

 

6月10日

ふるかわひであき

修学旅行 9

がま

A子:「次の日はがまに連れて行ってくれはったよ。がま言うのはな・・・」

がまとは・・・がま(自然洞窟)は、沖縄戦で多数の住民が避難したり、日本軍の陣地や野戦病院として利用されたりしました。

戦後70年を過ぎた今でも、調査や遺骨収集の進んでいないがまがまだたくさんあります。

 

A子:「戦争の時にな、このがまのなかでぎょうさんの人が自殺したり、火炎放射で殺されたりしたんやて。ほんで赤ちゃんが泣き声出さないようにお母さんが濡れたタオルを赤ちゃんの顔に乗せて殺したりしゃはったんやて」

 

 

A子:「語り部の人が説明してくれはるねん。がま以外にも爆弾で壊れたままのコンクリートの壁とかあってな、うち、ほんまに戦争は恐ろしいなぁておもたわ。ほんで沖縄の人はほんまに辛い目に遭わはったてわかったわ」

 

A子:「昨日行ったさとうきび畑でもたくさんの人が撃ち殺されて、死体の山やったんやて・・・」

 

昔、海の向こうから戦がやってきた・・・

 

本当の平和教育ってなんだろう・・・

 

6月9日

ふるかわひであき

修学旅行 8

夜になれば・・・

A子:「海で遊んだあと、さとうきび畑に連れて行ってくれはった」

A子:「お砂糖はさとうきびからできてるて初めて知ったわ。ほんでちょっとかじってみて言わはったから、かじったら固かったけど甘かったわ〜」

A子:「家に戻ったら夕食の仕度ができてて、みんなで食べたよ。その時おじさんが三味線みたいなん持ってきて、歌を歌ってくれはったんや。なんや不思議な感じの歌やったわ。何を言うてるのかわからへんかったけど、島歌ていうんやて。夕食食べ終わったらおじさんがすごいもの見せてあげるから、もう一度海に行こうて言わはってん。ほんでうちらまたトラックに乗って昼間の海まで行ったんや。ほんならな〜!」

A子:「もう、ぶわ〜〜〜〜って星やねん。うち、なんか星を見てたら泣きそうになったわ」

 

6月8日

ふるかわひであき

修学旅行7

体験

A子:「家に着いたらおじさんがすぐに海に連れて行ってくれるて言わはってん。ほんでうちらどうやって海まで行ったと思う?」

A子:「おじさんがトラックの荷台に乗せてくれはってん。うちらトラックの荷台に乗るの初めてやってな、海まではほんまに近いんやけど、でこぼこ道でな、揺れるたんびにみんなキャーキャーいうて、遊園地の乗り物なんかよりよっぽど楽しかったわ。風が顔に当たってほんまに気持ちいいねん。ほんでな、海のにおいがすんねんで」

A子:「海に着いたらおじさんが、ここで見てるから好きなように遊びなさい、貝殻がいっぱいあるから拾ったらええよて言わはってん。ほんならB子が、その貝殻は無料ですか?て聞いたら、おじさんがお腹抱えて笑わはってん」

A子:「ほんまに綺麗な海でな、うちらみんな感動してん。真っ青やねんで!」

A子:「ほんまに綺麗な貝殻やらヒトデやら石があってな、ポケットに入らへんくらい拾ってん。あぁ、うちの近所にこんな綺麗な海があったらなぁてみんなで言うててん」

 

6月7日

ふるかわひであき

修学旅行6

語りだす生徒

A子はとにかく修学旅行には行きたくないと2年生の時から言っていた。

不安だし、人が苦手だし、田舎も虫も嫌いだし、できれば行きたくないと彼女は相談室でずっと嘆いていた。

そんなに行きたくないのなら、行かない選択肢もある。

そんな話を相談室でずっと続けていた。

紆余曲折あったが、結局彼女は修学旅行に行った。

修学旅行から帰って来たA子が相談室に来ていろんなことを語りだした。

私は愚痴と泣きごとのオンパレードになると予想した。

 

A子:「大きい船で島まで行くんやけどな、船のデッキに出て外見たらな、海が青くて、空が広くて、風が気持ちいいねん。うち、あんな大きな船に乗ったん初めてやねん」

A子:「ほんで島が見えてきたらな、岸壁のとこに島の人が迎えに来てはってな、みんな手を振ってうちらを迎えてくれはってん。うち、誰かに手を振ってもろて迎えてもろたことなんかいっぺんもなかったから嬉しかってん」

A子:「港に着いたら集合して、民泊先の家族の人と合流すんねん。うち、今まで田舎とか親戚とか、そういう人と会ったことないし、テレビの中だけでなんとなく、田舎の親戚とかおばぁちゃんていうのが他の子にはいるんやなぁ・・・て思ててん」

A子:「ほんで民泊するお家に連れて行ってもろたんやけどな、ほんまに普通のお家でびっくりしたわ〜。そやけどお家に庭があってな、名前の知らん花が咲いてたわ。玄関も広いねん。うちとこアパートやろ。そやしびっくりしたわ」

 

6月6日

ふるかわひであき

修学旅行5

民泊2

なんで学校は民泊を選択するようになったのだろう。

 

いろんな理由があるだろうが、民泊している間は子どもを見る手間が省けることも考えられる。

 

教師がひとりで何十人もの子どもを見るのは大変な労力がいる。

 

その点、民泊ならそこの家の人が家族のようにお世話してくれるし、何かあればすぐに連絡が入り、その時に対応すればいい。

 

教師一人で何十人も見るよりも、安全面でも行き届く。

 

子どもを預けている間、教師も青い海を見ながらのんびりできる。

 

教師にも休息は必要だ。

 

民泊の是非を問う気はないが、あらゆる面から民泊は大人社会のメリットが大きい。

 

民泊を受け入れる家庭も経済的なメリットがあるし、学校も管理しやすい。

 

まさにお互いウインウインの関係になれる。

 

子どもも日常で体験できないことを体験できるから、誰も損はしないのだ。

 

そう言う意味ではTDLやUSJも同じことが言えるかもな。

 

確かに子どもに人気のテーマパークだし、子どもも喜ぶ。

 

管理面で言えば子どもはテーマパークの外に出ることはないし、教師が見てなくてもみんな勝手に好きな所に行く。

 

時間になれば指定された集合場所にちゃんと帰ってくる。

 

昔みたいに他校の生徒と喧嘩になるなんてこともない。

 

TDLやUSJで喧嘩するなんてダサイことを今の子ども達はしないのだ。

 

けどなぁ、先生と子ども達の交流という面を見たらどうなんだろうなぁ。

 

先生と生徒の深い思い出があってもいいと思うけどなぁ。

 

でもなぁ、私が教師ならちょっとでも楽に安全にと思うかもしれないなぁ。

 

けどなぁ、なんか引っかかるものもあるなぁ。

 

なにはともあれ、今は民泊が主流なのです。

 

6月5日

ふるかわひであき

修学旅行4

民泊

最近の修学旅行は「民泊」が主流だ。

民泊というのは農業や漁業をしている普通のお家に泊めてもらっていろんな体験をする宿泊学習。

民泊は観光地等でもホテルや旅館が足りなくなった時に利用されている。

最近では民泊の基準に満たないところが無許可営業している問題が明るみに出た。

民宿と民泊の違いは、民宿はずっと営業しているが、民泊はその時だけ泊めてあげるシステム。

民泊でも料金は徴収可能。

 

テレビの時代劇で「道に迷いやした。今晩一晩の宿をお願いしやす」と頼むと、「あぁ、納屋でよけりゃ泊まっていきな」と了解され、翌朝に「ありがとうさんでございやした。些少ですがこれは御礼でござんす」と言って、いくらかその家の主に渡してまた旅に出る。

これが民泊の始まりだそうだ。

 

時は流れ、今では修学旅行も民泊の時代。

賛否両論あるのは確かだろう。

 

知らない人の家のごはんやお風呂は使いたくない・・・なんて神経質な子どもも多い。

 

女子はグループを組むので、浮いてしまう子が出てくる。

 

地方の郷土料理が食べられなくてお腹が減って眠れなかった。

 

農業体験を楽しみにしていたが、穴掘りばっかりでちっとも楽しくなかった。

 

漁師の体験ができるのかと思ったら、近くの郷土資料館に連れていかれて、なんの興味もわかなかった。

 

あんな料理に何万円も払って損した気分・・・。

 

他にもこんな意見がある・・・。

 

6月4日

ふるかわひであき

修学旅行3

行かない選択

修学旅行はみんなが楽しみにしているわけではない。

不安の強い子や不登校の子にとってはこんな厄介なことはない。

行けばそれなりに楽しめるし、いろんな経験や学びもあるのだが、行くまでの不安に耐えられない。

そこで毎年何人かは修学旅行に行かない子が出てくる。

そうなると親は複雑な気持ちになる。

子どもには元気に修学旅行に行ってもらいたい。

友達や先生と楽しい時間を過ごして欲しい。

一生語れるような幸せな思い出を作って欲しい。

だけど本人は拒否する。

旅行の積立もちゃんとしてきたのに、本人が行かないのなら仕方がない。

なんでうちの子だけみんなが楽しんでいることを楽しめないのだろう・・・。

修学旅行中の3日間、ずっと家でゲームをしたり、ごろごろしている。

見るに見かねて、家族でどこか旅行に連れて行く人もいる。

それはそれで愛情あふれる行動だが、同年代の友達や教師といる時の刺激や成長は望めない。

子どもは家族といるより、同年代の他者といることを強く望む。

このように考えると、修学旅行に行けない子どもが一番苦しいのかもしれない。

 

親:「修学旅行に行かへんでも死なへんから大丈夫」

親(本当は行って欲しい・・・)

子(本当は行って欲しいんやろ・・・)

 

親:「お母さん、今なんか何にも修学旅行の思い出ないから」

親(本当は楽しい思い出がいっぱいあるけど・・・)

子(前に修学旅行おもしろかったて言うてたやん・・・)

 

親:「ディズニーランドなんかまた夏休みに家族で行けるからかまへんやん」

親(友達と行く方が楽しいんやろなぁ・・・)

子(友達と行く方が楽しい。けど友達がいいひんからディズニーランドで孤独になるのは嫌や・・・)

 

親:「今からキャンセルしたら、ちゃんとキャンセル料も返ってくるし、なんにも損はないよ」

親(せっかく苦しい家計の中からお金出してあげたのに・・・)

子(どうせお金もったいないておもてるんやろ・・・)

 

本音を隠し、必死に慰める母親とそれを無表情で聞いている子ども。

 

本当は子どもは「修学旅行に行けたらなぁ」、親は「修学旅行に行ってくれたらなぁ」、という思いがそれぞれの胸の中に数%はある。

 

親と子、お互いの愛情と思いやりがもつれあって行く。

 

そんな中で学校は、万が一の責任や保護者のクレーム、人権などを考えて無理に引っ張ることを避ける。

 

旅行先のトラブルを考えると、家にいてくれたほうが安全に決まっている。

 

もちろん子どもの傍にいて欲しいという要望があればそれには応えてくれる。

 

だけど今の時代、教師の熱意で嫌がる子を無理に連れて行くことは難しい。

 

親も子も卒業アルバムの修学旅行の思い出を見る度に、切ない気持になる。

 

6月3日

ふるかわひであき

修学旅行2

費用

昔は貧困で修学旅行に行けない悲しいお話がたくさんあった。

今は違う。

みんな裕福になって、修学旅行に行けない子などいないのだ。

と、言いたいところなのだが、今また費用が出せずに修学旅行に行けない子どもが増えている。

 

修学旅行費は公立の中学校でだいたい6万円くらい。

これが払えない家庭が激増している。

もちろん就学援助制度を使えばなんとかなるのだが、学校によっては先に支払い、後から返金されることもある。

そうなると先払いするお金がない。

そんなバカなと思われるかもしれないが、今全国にある「子ども食堂」の意味を考えればすぐにわかるだろう。

 

この国の貧困は世界の中でも上位に入る。

日本の貧困率(おしなべて言えば貧乏な人の割合)は先進30ケ国の中でなんと第四位だ。

どこの国でも多少はあるのだろうが、日本の貧富の差は恐ろしく激しい。

うちはそんなに裕福じゃぁありませんという親の子が、USJやTDLの年間パス、スマホなどを所有し、1個千円くらいするハンバーガーをテーマパークの中で食べている。

当然それについて行けない貧困家庭の子ども達もいる。

 

このような現実は公立でも見え隠れするが、私学になるともっと顕著に現れる。

無理して子どもを私学に入れたものの、学費だけでめいっぱいになると、その後のお金はもう出せない。

ところが子どもは裕福な同級生と日々を過ごしている。

そこで何が起こりうるのか、想像に難くないだろう。

それが原因で仲間外れや差別、いじめなんかも起こる。

私学の修学旅行は海外であることも多い。

そうなると数十万円の費用が必要になる。

貧困、貧富の差、差別・・・これらの言葉と現実は時代を超えて今もちゃんと存在する。

 

6月2日

ふるかわひであき